第26回 早わかりクラシック音楽講座 2009/5/30(Sat)

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「ピアノ協奏曲の王者~ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」」

内容
≪ ピアノ協奏曲の王者~ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」 ≫
第1部:ピアノ生演奏(Piano:愛知とし子)
第2部:ベートーヴェンの生い立ち、人間像。「皇帝」成立の背景など
第3部:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」を聴く
-お茶とお菓子付-

第1部
□ピアノ生演奏(Piano:愛知とし子)
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第14番嬰ハ短調作品27-2「月光」(1801年)
第1楽章 アダージョ・ソステヌート
第2楽章 アレグレット
第3楽章 プレスト・アジタート

失意のどん底に落ち、いわゆる「ハイリゲンシュタットの遺書」を認める直前1801年に作曲されたベートーヴェンのソナタの中でも人口に膾炙した作品。この「月光」ソナタは、結婚まで考えた(身分の相違で結局は叶わなかった)といわれる14歳年下の伯爵令嬢ジュリエッタ・グィチアルディへの熱烈なラブレターであるともいわれますが、幻想的な第1楽章から感情が爆発するようなフィナーレまで一気呵成に演奏される様は見事としかいいようがありません。ベートーヴェンを得意とする愛知とし子によるいつもより遅めのテンポの、堂々たる演奏でした。

写真 002

第2部
□ベートーヴェンの生い立ち、人間像。「皇帝」成立の背景など
虐待を受け、物心ついた後もアルコール依存症の父親が周囲に迷惑をかけないよう常に気を遣うという少年時代を送ったベートーヴェンは、57年の人生において躁状態と鬱状態を繰り返し、いわば調子の良いときに傑作、名作を生み出したように思われます。1795年、ウィーン・デビューを果たし、やっとその父親からの呪縛を逃れることのできた彼は、以降、現代に残る傑作を数多く残してゆくのです。特に、1802年、「ハイリゲンシュタットの遺書」を書きながらも奇跡的に復活を遂げた後のベートーヴェン作品は、ロマン・ロランが「傑作の森」と称したほど人間技とは思えない名曲を累々と創作するのです。
◆「皇帝」協奏曲誕生の背景
「傑作の森」の最後期にあたる1808年の年末に開催された「新作発表会(そこでは第5交響曲、第6交響曲などが初演されました)は、直前の楽員とベートーヴェンの衝突が尾を引き失敗に終わりました。次第にウィーンに嫌気がさすようになったベートーヴェンはウィーンを離れることを決意します。ところが、彼の周囲の貴族たちがそれには黙っていません。結局、後々までパトロンとなるルドルフ大公、ロプコヴィツ侯、F.キンスキー候の3人が楽聖をサポートすることになり、彼はウィーンを去ることなく活動を継続できるようになりました。一方、当時のオーストリアでは、ナポレオン率いるフランス軍に対し戦意を鼓舞する見解が続出し、「国民軍」が結成されます。しかしながら最終的にはナポレオン軍に破れ、1809年5月にはウィーンが陥落、ベートーヴェンのパトロンたちもウィーンから逃れざるを得なくなりました(これは10月14日まで続き、11月にフランス軍が引き上げた後、疎開していた貴族たちがウィーンに戻り始めました)。
この戦争騒ぎとプライベートにおける精神不安定が重なったにもかかわらず、当時のベートーヴェンの作品には陰鬱さがなく、むしろ明るく前向きな調子のものが多いというのが驚きです。ルドルフ大公に献呈した「皇帝」協奏曲然り。他にも弦楽四重奏曲第10番「ハープ」やピアノ・ソナタ第26番「告別」などの名作が書かれています。

①ピアノ・ソナタ第26番変ホ長調作品81a「告別」
エリック・ハイドシェック(ピアノ)

ベートーヴェン自身が名称をつけたソナタですが、一般的にはそれほど有名なものではありません。これはルドルフ大公との別れ、そして不在中の悲しみ、さらに再会の喜びを3つの楽章で表現した音楽ですが、一点の曇りもなく、前向きな明朗さが感じられるのが特長です。作品はルドルフ大公に献呈されていますが、実は当時の恋人テレーゼ・マルファッティに向けたものなのではないかという説もあります。今回は若きハイドシェックがEMIに録音した全集から全曲を聴いてみました。初めて聴くという方が多かったのですが、聴後の感想では好評のようでした。

ベートーヴェンの音楽の革新性にも触れながら、われわれ現代人も様々な仕事をとおしながら自己保身にばかりはしるのではなく、常に何か新しい試みができる気概をもてたらどれだけ素晴らしいかという話を織り交ぜながら、いつものように「人間力」についても少しばかり語りました。

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第3部
□ピアノ協奏曲第5番「皇帝」を聴く
まずは、初心者のために「ピアノ協奏曲」について若干説明をしました。そして、ベートーヴェンの「皇帝」がいかに当時「新しかった」のかを強調しながら、この音楽の聴きどころをお話します。作曲者自身がいわゆる「カデンツァ」を指定していること、第1楽章冒頭からピアノのカデンツァ風のフレーズが入ってくること。そして第2楽章と第3楽章がそのまま続けて演奏されることなどを挙げました。
ここで多少横道に反れ、前述の「新作公開演奏会」で発表された第5交響曲と第6交響曲も楽章が続けて演奏されるということで聴いてみることになりました。

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◆第5交響曲と第6交響曲が双子のような作品で、にもかかわらず全く性格が違う音楽であることを知っていただくためにまずは両曲の冒頭部を聴いてみます。
②交響曲第5番ハ短調作品67「運命」~第1楽章冒頭
カルロス・クライバー指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

③交響曲第6番ヘ長調作品68「田園」~第1楽章冒頭
ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団

次に、「田園」交響曲の第3楽章以降を全て。
④交響曲第6番ヘ長調作品68「田園」~第3楽章~第5楽章
ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団

何度聴いても「田園」交響曲は傑作です。最近僕は「田園」こそがベートーヴェンの交響曲の最高傑作なのではないかと思うようになりました。

そして、いよいよ「皇帝」協奏曲の登場。今回は晩年のルービンシュタインが若きバレンボイムと組んで録音した名盤を採り上げました。
⑤ピアノ協奏曲第5番変ホ長調作品73「皇帝」
アルトゥール・ルービンシュタイン(ピアノ)
ダニエル・バレンボイム指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

老巨匠ルービンシュタインのゆったりとしたテンポの演奏はいつ聴いても豪快で感動的です。第1楽章冒頭部はほとんどの方が聴いたことがあるということでしたが、やはり全曲をじっくり聴くのは初めての方が多かったようです。とはいえ、さすがはベートーヴェン!たくさんの方の心を掴んだようで、全曲終了時点ではこれからもっとベートーヴェンをいろいろ聴いてみたいとおっしゃる方の多さにとても嬉しく思いました。