渡辺玲子の「SOLO」を聴く

唐突だが、無伴奏ヴァイオリン曲というのはひょっとしてバッハ以来峻厳かつ近づき難いものと決まっているのだろうか。どうにも襟を正して聴くことを強いられる、そんな作品が多いように僕は感じる。
フォンテックからリリースされた渡辺玲子の「SOLO」を聴いた。
ひとこと、素晴らしい!!しかし、どうにもこうにも気軽に聴けない。よって気軽に評価を云々できない。いや、評価することなどない。今僕の内にある感情、感覚をうまく言葉に表し切れないと言った方がいい。
たった一挺のヴァイオリンで奏される「宇宙」はすべてのものを飲み込もうとするほど深遠だ。繰り返し聴いても、やっぱり僕自身と同化しない。ノスタルジーを感じるわけでもなく、癒しがあるのでもない。

そうか、人間の感情というものを超越しているのだ。
かつて僕が体験したことのない「何か」が表現されている、そんな印象をまたもや受ける。

・イザイ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第6番ホ長調作品27-6
・ヒンデミット:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番作品31-1
・J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番ホ長調BWV1006
・佐藤眞:無伴奏ヴァイオリンのための幻想曲
・エルンスト:シューベルトの「魔王」による大奇想曲作品26
・エルンスト:多声的練習曲第6番「夏の名残りのバラ」
渡辺玲子(ヴァイオリン)

最初のイザイから圧倒的なテクニックで渡辺玲子は聴く者を刺激する。そう、「刺激」という言葉が一番手っ取り早い。思わずのけ反るが、そうかといってもちろん嫌な気はしない。それどころかこれから始まる「大宇宙」の幕開けとしてこのスペイン風の音楽は真に相応しい。続くヒンデミットは意外にも聴き易い。一瞬バッハのそれのような錯覚を起こすシーンもあるが、イザイと同じくこの「刺激性」はヒンデミット以外の何ものでもない。
佐藤眞の作品は初めて聴いた。どうやら天満敦子の依頼により書かれたもののようだが、実に魅力的な作品で、日本人作曲家の音楽というのも捨てたものじゃないなとあらためて感じさせられる。エルンストも同じく初。「魔王」をテーマにした奇想曲など、超絶技巧で音楽が繰り広げられる様が見事で、ため息が出るほど。バッハについては言わずもがな。

いや、それにしてもやはり繰り返し聴くには相当のモティベーションとエネルギーを要する。1時間ほどのアルバムだが、1回でへとへとだ(笑)。
しかしながら、それだけに感じさせられる(あるいは考えさせられる)ことが多い。
無伴奏ヴァイオリン曲というのはやっぱり近づき難いオーラを発するものなんだろうか・・・。


13 COMMENTS

雅之

おはようございます。

渡辺玲子は大変な実力者であると高く評価しています。私も、世界のヴァイオリニストの中でも最高ランクのひとりだと思っています。

ところで、岡本さんもイザイを聴くようになったんだ(笑)。

前に何度かイザイの無伴奏に振った時、あまりご存知でないご様子だったので、ピアノ好きな岡本さんには関係のない作曲家だとばかり思っていたのですが・・・。

何十年とイザイのマニアだった私からすれば、いつものにわかな乗りで気安く取り上げて欲しくない作曲家ですね(笑)。

イザイの隠れた名曲には、「無伴奏チェロソナタ」がありますが、これも楽譜を眺めるだけで弾くほうには大変な難曲であることがわかります。

~SOLO~近代無伴奏チェロ作品集(コダーイ、イザイ、A.チェレプニン、カサド) ワシリエワ(vc)
http://www.hmv.co.jp/artist_-%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%AD%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%A0%E3%83%8B%E3%83%90%E3%82%B9_000000000049011/item_%E3%80%9C%EF%BC%B3%EF%BC%AF%EF%BC%AC%EF%BC%AF%E3%80%9C%E8%BF%91%E4%BB%A3%E7%84%A1%E4%BC%B4%E5%A5%8F%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%AD%E4%BD%9C%E5%93%81%E9%9B%86%EF%BC%88%E3%82%B3%E3%83%80%E3%83%BC%E3%82%A4%E3%80%81%E3%82%A4%E3%82%B6%E3%82%A4%E3%80%81%EF%BC%A1-%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%AC%E3%83%97%E3%83%8B%E3%83%B3%E3%80%81%E3%82%AB%E3%82%B5%E3%83%89%EF%BC%89%E3%80%80%E3%83%AF%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%AF%EF%BC%88%EF%BD%96%EF%BD%83%EF%BC%89_1094293

佐藤眞の「無伴奏ヴァイオリンのための幻想曲」は未聴です。

わたしゃ、夏はテレマンだなあ。

テレマン:無伴奏ヴィオラによる12の幻想曲  今井信子
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%9E%E3%83%B3-%E7%84%A1%E4%BC%B4%E5%A5%8F%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%82%AA%E3%83%A9%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B12%E3%81%AE%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%82%B8%E3%83%BC-%E4%BB%8A%E4%BA%95%E4%BF%A1%E5%AD%90/dp/B0007V5ZRK/ref=sr_1_8?s=music&ie=UTF8&qid=1342821162&sr=1-8

返信する
岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。

>ピアノ好きな岡本さんには関係のない作曲家だとばかり思っていたのですが

3年前にクレーメル盤を採り上げてますが、以来たまに聴いて親しんでおりました。
http://classic.opus-3.net/blog/?p=2189

>何十年とイザイのマニアだった私からすれば、いつものにわかな乗りで気安く取り上げて欲しくない作曲家です

雅之さんの域には到底及びません。これまた失礼しました(笑)

>イザイの隠れた名曲には、「無伴奏チェロソナタ」があります

こちらは未聴ですので、ご紹介の盤などで勉強させていただきます。
あと、今井信子のテレマンも良さそうですね!

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雅之

>3年前にクレーメル盤を採り上げてますが

私はそれよりだいぶ前にコメント欄で話を振っていますが(たしか季節は秋)、その時はまったくご存知なかったですよね(笑)。

まあ、ピアノ・ファンの岡本さんは、無理にあまり背伸びをされる必要もないと思います。
あの尊敬すべきクラヲタである小泉純一郎氏でさえ、「バッハの無伴奏は大好きだが、イザイの無伴奏は何回聴いても、どこがいいのかよくわからん」 みたいなことをズバっと書かれていますからね・・・。普通はそれが自然でしょう? 

音楽遍歴 (日経プレミアシリーズ 1)  小泉 純一郎 (著)
http://www.amazon.co.jp/%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E9%81%8D%E6%AD%B4-%E6%97%A5%E7%B5%8C%E3%83%97%E3%83%AC%E3%83%9F%E3%82%A2%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BA-1-%E5%B0%8F%E6%B3%89-%E7%B4%94%E4%B8%80%E9%83%8E/dp/4532260019/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1342825896&sr=1-1

小泉氏のイザイについての言葉のほうが、岡本さんの言葉よりよほど正直で、真実味と重みがあると思いました(もちろん、政治家としての小泉氏の言葉は、音楽についてとは比べものにならないくらい軽いですが・・・笑)。

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雅之

先程本屋で立ち読みをしていて、レコ芸8月号[対談]宇野功芳×佐藤眞「音楽とワルターについて、大いに語る!」(番外編)の最後の佐藤眞の言葉にやけに痛く共感したので、たったそれだけのために衝動買いしてしまいました。

・・・・・・人生について

宇野:最後にちょっと、一言でいいから、読者は君の死生観を聞きたいと思うんだよ。君は前回の対談で「(マーラーの9番の最後は)どうしても共鳴することができない。生への悲痛うな告別の歌を作曲しようとしているようだが、人生も死もそのようには考えず、感じず、とらえない人間が聴くと、どうしても共感し切れずに醒めてしまうんだ」と言っているけど、じゃあ君は人生をどういうふうに感じているの?

佐藤:キリシャ末期にビュロンという人がいたんだよ。懐疑論の開祖なんだけど、彼は、世の中には美しいものも美しくないものも、正しいものも不正なものもないと言うんだよね。その根拠がないじゃないかと。その根拠に哲学の学説があっても、それをどんどん突き詰めていくとあいまいになっちゃうんじゃないかと。彼はそのころの代表的な学者達と議論して、彼等の学説を全部壊しちゃった。壊しちゃったけど、自分では何ら積極的に学説を立てなかったんだよ。

宇野:自分の学説を立てなかった。

佐藤:そうそう。僕は、その立てないという意味がわかるんだ。つまり、立てることがいいかどうかということもわからないわけでしょう。僕は、ビュロンの話を20代後半で読むまでに、似たような考えを当時持っていたんんだ。それで、ついにめぐり会ったような感じがした。だから、僕は今でも哲学者の中で一番偉い人だと思っている。
 例えばソクラテスもそうだし、ブッダもイエスもそうだけど、自分では何も書いていないわけで、周りのお弟子さんが書いているだけだ。賢者は書かないんだよ。だから、作曲したり、評論を書いたりする人間にはろくなのがいないんだよ(笑)。

宇野:それじゃー、これは愚者対談じゃないか(大笑)。・・・・・・

レコ芸 2012年8月号 167頁より
http://tower.jp/item/3126836/%E3%83%AC%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%89%E8%8A%B8%E8%A1%93-2012%E5%B9%B4-8%E6%9C%88%E5%8F%B7-%EF%BC%BBMAGAZINE%EF%BC%8BCD%EF%BC%BD

私がマーラーでは、万人に共感できよう普遍性を持たせようとし、芸術作品として高度な完成度を誇る9番よりも、作曲家の個人的な心の叫びに過ぎない、芸術作品としては未完成な部分が多く残された10番に魅せられるのも、佐藤氏と同じくこのあたりに理由がありそうです。

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岡本 浩和

>雅之様
こんばんは。
イザイの件については全くその通りです。

>普通はそれが自然でしょう? 

まぁ、しかし雅之さんから言わせれば付け焼刃的でしょうが、初めてお会いした時よりは僕なりにはだいぶ聴いておりますわな。それでも小泉さんのように格好つけない方が良いとおっしゃるかもしれませんが、実にイザイのソナタは良いと心底思えますからね。そこは譲れません。僕は普通じゃないですわ(笑)

ところで、レコ芸8月号はまだ読んでおりませんが、宇野×佐藤対談はONTOMO MOOKの「ブルーノ・ワルター」でも掲載されており面白かったですからね。多分その続編なんでしょうね。
面白いですね、佐藤さんは。毒舌ですが、的を射てるところに共感します。

>作曲家の個人的な心の叫びに過ぎない、芸術作品としては未完成な部分が多く残された10番に魅せられるのも、佐藤氏と同じくこのあたりに理由がありそうです。

なるほど!

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雅之

そもそも、万人が認める大傑作なんてこの世に存在しないです。
それはブルックナーだろうと同じこと。たまたま、その時の自分と波長が合うか合わないかだけのことですね。

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雅之

それと、前から気になっていたけど、一部のクラヲタの皆さんが使う、「マラ」とか「ブル」とか「ベト」とかいう略称、何だか電動大人のおもちゃみたいですね(笑)。

マラがブルブルでベトベト。

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雅之

マラがブルブルで、もうびっしょりベトベト。

ブラは鬱陶しいから外したの。

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アレグロ・コン・ブリオ~第5章 » Blog Archive » ベルクの懺悔の音楽なり

[…] ベルク: ・ヴァイオリン協奏曲「ある天使の想い出に」(1935) ・室内協奏曲―ピアノ、ヴァイオリンと13管楽器のための(1923-25) 渡辺玲子(ヴァイオリン) アンドレア・ルケシーニ(ピアノ) ジュゼッペ・シノーポリ指揮ドレスデン・シュターツカペレ 今宵は渡辺玲子のデビュー盤。今は亡きシノーポリとの実況録音。 この前”SOLO”を聴いて、その上手さに感動したばかりだけれど、やっぱりデビュー時から(技術的に)相当の腕前を持った人で、しかもこのベルクの難曲を(僕にとってという意味で)すごくわかりやすく演奏していることにあらためて驚かされた(昔は何となく聴き流していたんだと反省)。特に、第1楽章後半のマリー・ショイヘルを表すケルンテン民謡の色っぽさや第2楽章後半のバッハのコラール引用部分の静かなる高貴さは比類ない(とはいえ、全体を比較するとやっぱり今の僕はファウスト盤を採るかな・・・)。 […]

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