ロストロポーヴィチのバッハ

人間の感覚というのは歳とともに随分と変化するものなのだろうか。同じ演奏を聴いても10数年前の印象と今のそれとは随分と違う。
ロストロポーヴィチがようやく63歳になって録音したバッハの組曲を観た。それこそ20年近く前に音盤がリリースされた時、すぐさま買って聴いてみたものの、何だか鋭いばかりの音楽が流れ、どうにも急いているように僕には感じられ、またバッハのいわゆる「峻厳さ」ばかりが強調されたもののようにも思われ、正直あまり好きになれなかった。

あれからもう20年という月日が流れる。ロストロポーヴィチも亡くなった。僕自身もいろいろと音楽を耳にした。人としても様々な体験をした。当然、思考や嗜好は変わっているのかも。というより、少なくとも音楽を享受する上での「器」は間違いなく大きくなっているはずだから、久しぶりにロストロの弾くバッハの組曲を聴いて見事に感動した。それはもう彼の巨匠が満を持して発表したものなのだから当然なのだけれど。

スコアを見つめるロストロポーヴィチの眼力ときたら・・・。
そして、時に目を瞑ってチェロを奏するマエストロの崇高なオーラ。
まさにヨハン・セバスティアン・バッハと生身で対峙する音楽の使い。

来週末、すみだ学習ガーデンさくらカレッジ「早わかりクラシック音楽入門講座」の開講。時の経過は早く、ついに第3期にもなろうとは。第1回はバッハの管弦楽組曲をテーマにその周辺の作品を解説、視聴、バッハの小宇宙を堪能いただこうと計画中。

J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲全曲BWV1007-1012
ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(チェロ)(1991.3収録)

このDVDの特長は各曲の前にロストロ自身の解説が収録されているところ。真に示唆に富んだお話が、ピアノの演奏を交えて軽妙な語り口で紡がれる。各曲の特に「サラバンド」についてロストロは詳細に分析する。どうやら巨匠の中で「サラバンド」がこの組曲の鍵になるようだ。そういえば、第2組曲のそれなどはアンコール・ピースとしてよく弾かれていたように記憶する(ベルリンの壁崩壊のときもそうではなかったか?あれは第3組曲だったか・・・)。
ロストロポーヴィチは言う。モーツァルトもベートーヴェンも、もちろんバッハも死んではいない、彼らの魂は音楽を通じて今に生きていると。同感。
そして、毎日の中に四季があり、朝焼けが春だとするなら黄昏時が秋だと。バッハの第2組曲はさしずめこの黄昏時の音楽だというのである。首肯。
第2組曲のサラバンドは祈りだ。沈みゆく夕陽を背にし、まだ来ぬ明日を想像し、今を生きる。そんな思いを抱きながらこれらの音楽を聴く。本当に染み入る。

ところで、この演奏は、世界遺産に登録される、フランスにある町ヴェズレーのサント=マドレーヌ大聖堂での収録。第6組曲収録の前夜、ロストロポーヴィチはこの聖堂のオルガンを弾きながらこの音楽について語る。ベートーヴェンの「歓喜の歌」のメロディを奏で、第6組曲は「喜びと勝利」の音楽だと・・・。
この全集のクライマックスは第6組曲にある。僕の今までの人生の中でこの音楽がこれほどまでに敬虔で崇高な響きで届いたことがなかったのでは?たった一挺のチェロの音が、楽器の音を超えて鳴り響く様は涙を誘う。


5 COMMENTS

みどり

岡本さん、このBen Renert君、ご存じですか?
カナダ在住の11歳(今年12歳になります)の少年なのですが、初めて
YouTubeで観た時は驚きました。

いくつか動画がアップされていますが、どれも面白いです。
無伴奏チェロ第1組曲の「メヌエット」を弾いているのもあります。
http://www.youtube.com/watch?v=IMIsLLpNnXs

エレクトリック・ベースを弾く知人によると、チェロとベースギターでは
チューニングが違い、ベースを5度で調弦しても、レギュラーのままでも
無伴奏チェロをベースで弾くのは大変難しいのだとか。
小さな手で6弦ベースを扱うので、手首の角度を調節しながら頑張って
弾いていますよね(笑)

で、このベン・レナート君、つい先頃マリリオンと共演しています!
http://www.youtube.com/watch?v=lGnDIh0X6kE
世界は広い…

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岡本 浩和

>みどり様
いや、初めて知りました。すごいですね。
一見いとも簡単に弾いているように見えますが、難しいんでしょうね。
それにマリリオンと共演しているということは海の向うでは相応に認知されているということですよね。
驚きました。
ありがとうございます。

返信する
みどり

「フランス組曲」とどちらにしようか迷いましたが、チューニングに視点を
置いてみました。

前述のベーシスト氏によると、チェロのチューニングは5度音程であり
ベースは4度であるため、ベースでチェロの曲を弾くのは運指の点から
しても大変なことだそうです。

無伴奏チェロ組曲の「調性」については、こちらの記事がわかりやすい
のではないかと思います。
http://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/e/31dece61fd3e030eb9b7e7c710f65466

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岡本 浩和

>みどり様
いや、素晴らしい!
バッハはこういうことをいとも簡単にやってのけたのでしょうか?
緻密な計算でありながら、不自然さが一切ない完璧さが人間離れしています。
神の申し子ですね・・・。
ありがとうございます。

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