ツォフ&レーグナーのヘンデル:ハープ協奏曲

ヘンデルについて少しばかし勉強中。彼の場合、あまりに国際派で、しかも現実主義者だったゆえ生活にほとんど痕跡を残さず、生涯を辿る術が少ないのだけれど、わずかな資料を読み解く限りにおいて現代のエンターテイナーにも通ずる音楽的素質とプロデュース能力を併せ持った天才だったように思える。
それに、同い年のバッハと違い、生涯独身を通したということも何かしらの影響を作品に与えていそう。いろいろな意味で真に興味深い。

ヘンデルの作品は主に王室の行事用に筆を執ったものと興行のために生み出されたものの2つに分けることが可能。いずれも膨大な作品群を成すが、どちらかというといずれもポピュラリティを重視して書かれているように僕は感じる。おそらく湯水のように音楽が湧き出る、そんな才能をもっていたのだろう。ともかくオペラやオラトリオという大作が時を経ずいくつも書かれていること自体が驚異的。そして、彼は先見の明と先を読む力に長けていた。何をどのように発表すれば売れるかという嗅覚にとても優れていたのでは。何より世渡りの上手さ。少なくともドイツ人でありながら英国王室に取り入り(?・・・というか、必要とされたのだけれど)、音楽家として重用される生き方をいとも簡単にできた、その能力に賛辞を贈りたい。さらにその行動力。18世紀初頭という時代に、求められて当時の経済の中心地であるロンドンに趣き、最終的に帰化までするという決断力と行動力。ある一面を見ると、産業革命以降の、まさに資本主義の申し子のような音楽家、それがジョージ・フレデリック・ハンデル(英名)だったということか・・・。

遠方に出ているという物理的事情ももちろんあったのだろうが、妹の死にも葬儀にも、あるいは母の死にも葬儀にも立ち会えていない。しかし、ヘンデルは信仰心に篤い。
母の死に際して、義弟のミヒャエルゼンに宛てた1731年初め頃の手紙。

1月6日付けのご丁寧な手紙、無事に受け取りました。母の最期の願いにそって、神の祝福を受けた彼女を手厚く埋葬するにあたり、あなたの心遣いがお手紙から色々と窺われます。私は涙を抑えることができません。しかし、それも全能の神の御心だったのです。私もクリスチャンの定めとして神の御心に従いましょう。母の想い出はこの世を去ったのちに私たちが再び結ばれるまで、決して私から消え去ることはありませんし、慈悲深い神もやさしくこの願いをかなえてくださることでしょう。
「作曲家◎人と作品 ヘンデル(三澤寿喜著)」

すべてに「余裕」が感じられる。
ヘンデルの音楽が明朗で開放的なのは、社会的成功に裏打ちされたグラウンディング力と神への篤い信仰心に基づく高貴なスピリチュアリティのバランスの上にできあがったものだからだろうか。
何て典雅でふくよかな音楽なのだろう。こんなにも愉悦に満ちた音楽は初めて聴いた。ヘンデルのハープ協奏曲を初めて聴いた時、僕の脳みそは思わず蕩けそうだった。

ヘンデル:ハープ協奏曲変ロ長調作品4-6
ディッタースドルフ:ハープ協奏曲イ長調
フランセ:ハープとオーケストラのための6楽章の詩的な遊戯
ユッタ・ツォフ(ハープ)
ハインツ・レーグナー指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1973.7.11-14録音)

ちなみに、ディッタースドルフのコンチェルト。これはもう同時代のハイドンやモーツァルトに優るとも劣らぬ傑作。この人が忘れられてしまっているのは残念。
そして、もうひとりジャン・フランセについて。ナディア・ブーランジェを師に持つこの人の音楽は20世紀の難解な音楽とは様相をまったく異にする。明朗で洒落ていて、まさに「私的な遊戯」という名の通りの「遊び」。

ツォフのハープは可憐で優しい。そして一切の汚れなく澄み切っている。それは、録音当時の「東側」の空気感をも刷り込んでいるよう。抑圧された内側に、純真で素直な、ひとりの芸術家として生きる、ただ音楽に奉仕する、そういう姿勢が垣間見える。


2 COMMENTS

みどり

岡本さんは山田由美子氏の著書を以前にも採り上げていらっしゃい
ましたが、『原初バブルと《メサイア》伝説-ヘンデルと幻の黄金時代-』も
大変興味深いですね。

ハレルヤ・コーラスにはオルガン編曲版があり、ペダルがかなり忙しくて
練習曲としても使いやすいため、昔はよく練習しました。
http://www.youtube.com/watch?v=-WzASU9kg-U

が、これを左足だけで弾いていたことに、この動画で気付き…(笑)
両足を使えばよかったのかと、無知であるというのは恐ろしいことです。

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岡本 浩和

>みどり様
ご紹介の書籍面白そうですね。ヘンデル関係の書籍はいろいろと読みたいと思っていたので早速仕入れます。
ありがとうございます。
いやー、しかしオルガンを弾く人の脳みそはどうなってるんでしょう?(笑)
僕など想像も及びません。すご過ぎます。

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