シューリヒト指揮ウィーン・フィルによるブルックナーを聴いて思ふ(SACD)

bruckner_8_9_schuricht_vpo音楽にはいつも何かしら新しい発見がある。
昔、初めてブルックナーを聴いた時、それは朝比奈隆指揮大阪フィルハーモニーの定期演奏会(1980年)だったのだけれど、ともかく一聴その懐かしい響きと壮大な音の洪水に圧倒され、思いのほか心を動かされた。その模様が録音されたカセットテープをとにかく繰り返し聴いた。反復すればするほどその音楽はまるで僕の体の中の細胞のひとつであるかのように刷り込まれ、それこそ音楽の隅から隅までを熟知するほどまでになった。そのせいか、今でも朝比奈隆のブルックナー、それも第7交響曲についてはどの部分を聴いても即座にそれだと認識することができる。

この体験により僕はブルックナーに目覚めた。「ロマンティック」と呼ばれる第4番や最高傑作といわれる第8番を引き続き手中に収めようと音盤を仕入れ、同様に繰り返し聴いた。第4番はあっという間にわかったのだが、第8交響曲については残念ながらまったく理解できなかった。特に、最初に聴いたのがクナッパーツブッシュが晩年にミュンヘン・フィルと録音した有名なウェストミンスター盤だったからなのか、音の感触がごつごつし、朝比奈で聴いていたブルックナーの印象とは正反対で、冒頭の楽章を聴くなり抵抗感を覚えた。

とはいえ、第8交響曲において何よりわからなかったのは終楽章。おそらく作品の結論であり、ブルックナー芸術の最高峰であるだろうことは容易に想像がついたのだが、とにかく見えなかった。

過日、作曲家であり音楽評論家である諸井誠氏が亡くなられた。
30数年前のあの時、ブルックナーの音楽を理解する手引きとなったのが、レコード芸術誌上における諸井さんのブルックナー解釈論だった。現物がもはや手元にないので確認できないけれど、第8交響曲についての詳細な分析とおそらく素人にも音楽の流れが完璧に理解できる内容で、この紙面を片手にレコードを繰り返し聴いた。
(懐古趣味ではないけれど、昔の「レコード芸術」は良かった。何より執筆陣の錚々たる顔ぶれ!諸井誠さんのあの小論がなければあの時点でブルックナーにはまることはなかったかも。真に感謝に堪えない)

ちなみに、同じタイミングで、こちらも有名なシューリヒト&ウィーン・フィルによる2枚組音盤を購入、クナのものと比較しながら聴き進めるうちに、ある日ある瞬間、見事にわかった。目から鱗。本当に・・・。

というわけで、久しぶりにシューリヒトのブルックナーを聴いた。初期CDからリマスター盤、そしてSACDハイブリッド盤までいろいろと聴いてきたが、比較試聴するにハイブリッド盤の音が鮮明でかつ伸びもあり、50年を経た録音が本当に美しく再現される(残念ながらアナログ盤は処分してしまっているので確認不可能)。これらは僕のブルックナー体験の原点。

ブルックナー:
・交響曲第8番ハ短調(1890年ノヴァーク版)(1963.12.9-12録音)
・交響曲第9番ニ短調(ノヴァーク版)(1961.11.20-22録音)
カール・シューリヒト指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

第8交響曲のアダージョは通常もっと粘着質のテンポで、下手をすると30分弱を要する音楽なのだけれど、シューリヒトのそれは21分強で一気呵成に進む。このそっけなさの内に在る感情の奔流が見事。
一層名演奏なのが第9交響曲。ここにはもはやブルックナーの音楽しかない。第1楽章の凝縮された厳しさと、アダージョ楽章の極めて静かで敬虔に満ちた祈りの音楽よ。ここはシューリヒトの独壇場。初めて聴いたあの頃から30数年の歳月を経てもやっぱり神が宿る屈指の作品。美し過ぎる。脱帽。

 


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4 COMMENTS

Yamato

ホームページ「アレグロ・コン・ブリオ」、鋭い洞察力と巧みな表現力に感嘆しながら、いつも楽しみに拝読しております。これまで全くコメントしたことがなかったのですが、今回の話題については他人事とは思えなかったので、書き込ませてください。私も岡本さんと同年代で、クラシック音楽を聴き始めた中学校時代、まだブルックナーの交響曲は人気のあるレパートリーではありませんでした。「ロマンティック」という愛称で親しみやすい4番は、FMをエアチェックしたのを聞いて耳になじんでいましたが、それ以外はとっつきにくいというか、中学坊主には敷居が高かったですね。初めてコンサート会場でブルックナーを聴いたのは、朝比奈先生(生意気に「おやっさん」とか呼んでました)が振った大フィルの7番、1980年9月の第167回定期でした。その前にモーツァルトのファゴット協奏曲が演奏されたので間違いありません。私は大阪市内の高校に通っていましたが、その日は吹奏楽部の先輩にすすめられて、放課後にフェスティバルホールへ行ったのです。そもそも、最初にオーケストラ演奏会を聞いたのが朝比奈先生と大フィルの巡演だったし、大学時代は合唱団に入り先生の指揮で歌う機会もありましたが、このときのブルックナー体験は今でも強く印象に残っています。たしか、大阪フィルのアメリカ公演直前だったはずで、会場はたいへんな熱気に満ちていました。当時、1975年のリンツ聖フロリアン教会での公演がレコード化されて話題になっており、聴衆の期待も一層高まっていたのだと思います。その頃の朝比奈先生は壮年期の勢いを保っておられ、精力的というか気合いのこもった指揮ぶりでした。ホール3階のてっぺん近い席で、ブルックナー特有の壮麗な音響美に金縛り状態で身を浸していたことを、今でも生々しい感覚とともに思い出すことができます。後日NHKが録音を放送した記憶がありますが、テープで繰り返し聞かれた岡本さんがうらやましいです。たしかに、朝比奈のおやっさんに音楽の洗礼を受けた者としては、「ごつごつ」したクナッパーツブッシュはまだしも、「さばさば」したシューリヒトの演奏は、なかなかその真価を理解できませんでした。私がシューリヒトの「凄さ」に気づいたのは、それから20年以上もたってからのことです。ウィーン・フィルと録音した8番と9番は世評の高い名盤ですが、自分ではまだ味わい尽くせたと言えない気がします。ろくに読譜もできないくせに、最近全9曲のスコアを入手したので、譜面眺めながらSACDで聞き込んでみようかと思います。新たな扉が開くかもしませんね。長文失礼しました。

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岡本 浩和

>Yamato様
拙ブログ、お読みいただき真にありがとうございます。
それにしても驚きです。そう、1980年の9月です。あの時あの場所にいらした方に初めて遭遇しました。
感謝感激雨あられ、です。
僕は滋賀県の出身ですが、1983年に東京に出てきました。そして、以降の朝比奈先生の東京公演にはほとんど追っかけの如く顔を出させていただきました。数々の名演奏が今でも忘れられません。
それにしても朝比奈先生の棒で合唱されたご経験、羨ましい限りです。
今後ともよろしくお願い申し上げます。

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