クナッパーツブッシュの「パルジファル」(1962年盤)を聴いて思ふ

wagner_parsifal_knappertsbusch_1962「絶対真理」というものは決して明文化できない。僕たちが神や仏と認識するものも実体はなく、強いて言うなら「光そのもの」といわれるものだ。音楽もそうかもしれない。作曲家の頭の中だけで鳴り響いた音楽をそのまま正確に記譜できる人はこれまでもいなかったろうし、これからも現れることはないだろう。たとえ天才モーツァルトといえどもそれは不可能だったと思うのだ。その意味で音楽とは「絶対真理」に近いものなのかも・・・。

リヒャルト・ワーグナーは言う。

わたしがどんなにヘボな作曲家か、だれも信じられないだろう。移調など、まるでできないのだから。そもそも作曲しようとすると妙なことになる。頭のなかで音楽を紡ぎ出しているうちは、どこまで突き進もうとも、すべては手の内にある。ところが、いざそれを五線紙に定着させようという段になると、目に見える手だてが邪魔をして、あれはどうだったのか、ということになる。そうではない、いったいどうあるべきか、どうであったかと、さんざん迷ったあげくに、やっとのことで思い出すのだ。作曲中のわたしをメンデルスゾーンが見たなら、さぞかし手をたたいて大喜びしたことだろう。

自己批判精神の強いワーグナーのほとんど謙遜に近い内観発想のようなものだろうが、それにしても作曲家というものの苦悩が見事に描かれるようで興味深い(ここでもユダヤ人メンデルスゾーンを目の敵にしていることが面白い)。ワーグナーが音楽以外に数多の著作を生み出したのも、自身のアイデンティティ、思想をひとりでも多くの他の人々に伝えようとした結果だろうことはわかるのだが、しかしそのお蔭でおそらく「真意」とは外れた形で後世に利用されるという沙汰にもなったわけで、何度も繰り返すが、内なる感性や思考を「目に見えるようにする」のは極めて困難なことがこういうところからもよく理解できる。

さらには、提示されたスコアをもとに音楽を再現するとなると・・・。
再現芸術家である演奏家、あるいは指揮者の作品に対する解釈は当然様々で、答などないのだが、聴衆が納得するだけのものを創り上げねばならず、大変な努力と能力と、そして先見が必要だろうと、思わずすべての音楽家たちに快哉を叫びたくなった。好き嫌いはともかく演奏の良し悪しなど偉そうに講釈している場合じゃないのかも・・・。答はないのだから。

ワーグナー:舞台神聖祭典劇「パルジファル」
ジョージ・ロンドン(アンフォルタス、バリトン)
マルッティ・タルヴェラ(ティトゥレル、バス)
ハンス・ホッター(グルネマンツ、バス)
ジェス・トーマス(パルジファル、テノール)
グスタフ・ナイトリンガー(クリングゾール、バリトン)
アイリーン・ダリス(クンドリ、ソプラノ)ほか
ハンス・クナッパーツブッシュ指揮バイロイト祝祭管弦楽団&合唱団(1962.7&8Live)

その晩年、頻繁に心臓発作を繰り返したワーグナーが、そもそも「パルジファル」を完成させ、そして第2回の祝祭における初演にこぎつけることができたのはほとんど奇蹟のようなものらしい。それほどに作曲家の身体は最悪の状態だったそう。

「パルジファル」の音楽が透明で、崇高である理由がそういうところにあるのは間違いないだろう。とはいえ、そこは一方で最後までおそらく「俗物根性」を捨て切れなかったであろうワーグナーゆえ、何とも艶やかで妖しい音色も健在だ。

クナッパーツブッシュの最後のバイロイト登場となった1964年の「パルジファル」も捨て難い。戦後再開の年(1951年)の記念碑的名演も。しかし、やっぱり原点に還ると、この1962年の恐るべき名演奏に尽きる。今宵も第3幕「聖金曜日の奇蹟」のシーンで硬直・・・。オーボエ・ソロの何という哀愁溢れる響き。そして、ハンス・ホッターとジェス・トーマスの聖なる掛け合いの美しさ。

パルジファル:今日は草花がなんと美しく見えることか。・・・
グルネマンツ:これぞ聖金曜日の奇蹟!・・・罪を悔い改めた人々の涙がこの日、聖なる露となって野や畑をうるおし、これほどゆたかな命を育んだのです。
日本ワーグナー協会監修「パルジファル」三宅幸夫/池上純一編訳)P97

果たしてこれがワーグナーの頭の中で鳴った音楽なのかどうかは誰にもわからない。
とはいえ、「パルジファル」の音楽が感動を喚起するものであり、魂に直接響くものであることに違いはない。

 


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