アルバン・ベルク四重奏団のヤナーチェクを聴いて思ふ

janacek_streichquartet_abq俺は誠実な人間だ。立派な両親の間に生まれた子供だ。一生涯、家庭生活の幸福を夢見てきたし、一度も浮気をしたことのない男なんだ・・・それなのに、どうだろう!5人も子供がありながら、あの女は、赤い唇をしているというだけであんな音楽家に抱かれるなんて!いや、あんなのは人間じゃない!牝犬だ、さかりのついた牝犬なんだ!今日までずっと、子供を愛しているふりをしてきながら、その子供たちの部屋の隣りで。しかも、俺にあんな手紙を書いてよこすなんて!それでいて、恥知らずに頸ったまにかじりつくんだ!いったい、俺が何を知っているというんだろう?ひょっとしたら、今までずっとこうだったのかもしれないな。
トルストイ著原卓也訳「クロイツェル・ソナタ」P155-156)

ヤナーチェクの弦楽四重奏曲第1番ホ短調が作曲されたのは1923年の秋。カミラ・シュテスロヴァーへの思慕が最深であっただろう時期のものだ。「クロイツェル・ソナタ」という別名を持つこの作品が、トルストイの同名の作品にインスパイアされたものであることは周知の事実だが、トルストイのこの作品こそ「女性の純愛の絶対」をテーマにしたもので、晩年のヤナーチェクの、決して成就し得ない片思いの苦悩を投影させるにはぴったり。いや、精神的苦悩ならまだ良い。裏返すと、ヤナーチェクの深層心理にはポズドヌイシェフ公爵の内側に在った強烈な嫉妬心と同類の、人を殺めかねない負の爆発的エネルギーが確かに存在した。公爵の恐るべき行動にヤナーチェクは自らを見出したんだ・・・。

元気で動きまわっていた温かい身体の妻が、身動き一つせぬ、蝋のような冷たい姿に変りはてたのも、わたしの仕業なのだ、このことは永久に、どこへ行こうと、何をしようと取返しがつかないのだ、ということを悟ったのです。この苦しみをなめたことのない人には、わかるはずもありませんが・・・
(同P172)

抑圧された感情の突然の爆発は結果的に悲劇を招く。後になって悟ろうが時すでに遅し。
幸いヤナーチェクには音楽があった。自身の内側、感情や思考や霊性や、そういったすべてを表現する手段として神から与えられた類稀なる創造力。それによってヤナーチェクは犯罪者になることを免れた。

弦楽四重奏曲第1番に漲る暗鬱たる様相、時折みられる狂気的な音調は、カミラへの恋い焦がれる想いと交錯しながら垣間見える彼女の夫に向けられた殺意を表すよう。これは「クロイツェル・ソナタ」へのオマージュなどでなく、私小説的作品だ。

ヤナーチェク:
・弦楽四重奏曲第1番「クロイツェル・ソナタ」(1993.10.31&11.1Live)
・弦楽四重奏曲第2番「ないしょの手紙」(1994.4.29&30Live)
アルバン・ベルク四重奏団

一方の第2番「ないしょの手紙」。こちらはカミラへの愛を正面から告白する音楽が。それゆえにか、優しい。第2楽章アダージョの、これ以上ないと思わせる甘く粘っこい音楽の熱烈さと、もだえ猛り狂った音楽の交差。第3楽章モデラートでは突如感情の爆発が起こるが、憂いのあるメロディにそれらは包み込まれて消える。
そして、フィナーレの激情はやっぱり彼女への積もり積もった思いへの諦観と思いたいところだが、ここは作曲家の空想が勝る。何と音楽の中で2人は結ばれるのだ・・・。

言葉を介さない分、器楽曲は僕たちの想像力を無限に膨らませてくれる。
もちろん創造者の空想も無限大。
それこそエロスの極致。ヤナーチェクはむっつりスケベだということ。(笑)

 


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2 COMMENTS

okazakikotomi

突然のコメントを失礼いたします。
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okazakikotomi
okazakikotomi@yahoo.co.jp

[throw back & turn up] 知らなきゃいけない名曲リスト
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岡本 浩和

>okazakikotomi様
コメントありがとうございます。
相互リンク・相互RSS了解いたしました。
今後ともよろしくお願いいたします。

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