ゲルギエフのプロコフィエフ「賭博者」を聴いて思ふ

prokofiev_gambler_gergiev_19961916年、「賭博者」作曲中のプロコフィエフはジャーナリストに「本当に完成するのか?」と問われ、即座に次のように答えたという。

もちろん!単純、簡潔さを求めて努力しているところです。

25歳の人間とは思えぬ奥深さを僕はこの言葉に感じる。完成されたオペラを聴いてみると確かに「簡潔さ」の中にそれがある。プロコフィエフ特有の、堅牢たる四角四面の箱の中に収まる暴力性と静謐さを兼ね備えた音楽。まったくすんなりと心に響かない旋律と音調。しかしながら、繰り返す聴くごとに音楽が僕の中に居座るようになり、ある瞬間から見事に虜になっていることに気づく。物語のクライマックスである第4幕は、音楽的にも大変優れており、この幕を聴いていると、若きプロコフィエフの果敢な挑戦と、彼が持って生まれた天才を目の当たりにでき、思わず繰り返し聴きたくなるという「麻薬性」を垣間見る。なるほど、「賭博者」というタイトル通りの特異な「常習性」とでも表現しようか・・・。

そもそもドストエフスキーの原作からして特異だ。当時、「罪と罰」を書き上げるのに忙しかった作家が、契約不履行を避けるためにわずか数週間で口述筆記させた作品が自伝的小説である「賭博者」なのである。

ある日わたしがポリーナのことを話しはじめると、彼は激怒さえした。「あれは恩知らずな女だ」彼は叫んだ。「あれは性悪で、恩知らずだよ!あの女は一族に恥をかかせおった!もしここに法律があったら、こっぴどい目に会わせてやるんだがね!そう、そうですとも!
ドストエフスキー「賭博者」原卓也訳P285

さらに、ポリーナのモデルとなった、当時の恋人アポリナーリヤについてドストエフスキーは、彼女の妹ナジェージダに宛て、次のように書いている。

アポリナーリヤは―大変なエゴイストです。彼女のエゴイズムと自尊心は、度はずれです。彼女は人々にすべてを、あらゆる完璧さを要求し、ただ一つの不完全さをも、ほかのよい点に免じて赦したりせず、そのくせ、自分は他人に対する微々たる義務さえも逃げようとするのです・・・。
1965年4月付、ナジェージダ宛
~同上・解説P314

ドストエフスキー文学は、いずれも人間の深層にある「冬」、すなわち「負」の側面に焦点を宛て、しかも自らの実体験をもとに創造せられていることが特長だが、この書き殴りのような中編小説においてすら、「エゴ」という人間の不安の根源が見事に描かれており、実に興味深い。彼はアポリナーリヤを徹底的に非難するが、要は「鏡」。賭博で身を滅ぼす自分自身のことを揶揄するかのようだ。

さて、プロコフィエフの歌劇の方・・・。
終幕冒頭の静けさと不気味さ。第1の幕間音楽のプロコフィエフらしい性急で劇的、打楽器が轟く音楽にまずは釘づけ。

プロコフィエフ:歌劇「賭博者」(初版)
ウラディーミル・ガルーシン(アレクセイ、テノール)
セルゲイ・アレクサーシキン(将軍、バス)
リウボフ・カザルノフスカヤ(ポリーナ、ソプラノ)
エレナ・オブラスツォワ(お婆様、メゾ・ソプラノ)
ニコライ・ガシーエフ(侯爵、テノール)
ワレリー・レベド(アストリー、バリトン)
マリアンナ・タラソワ(ブランシュ、メゾ・ソプラノ)、ほか
ワレリー・ゲルギエフ指揮サンクトペテルブルク・キーロフ劇場管弦楽団&合唱団(1996.3録音)

そして、第2の幕間音楽以降のアレクセイとポリーナのやりとり、アレクセイがルーレットで稼いだお金をポリーナが受け取らないところで幕となるあたりは(原作ではアレクセイはその後ブランシュと同棲し、最後は賭博で身を滅ぼしてゆく)、「炎の天使」などと同様に、プロコフィエフの「男性の一途な愛による女性の救済」を追求しようとする姿勢を見るようだ。

それにしてもゲルギエフのプロコフィエフに対する愛情は尋常でない・・・。
音の一粒一粒に気合いがこもり、意味深く有機的な音楽が常に響き渡る。とはいえ、このオペラもできれば映像で観たい。新しくマリインスキー劇場で収録されたもの(2010年)は未視聴なので近いうちに仕入れることにしよう。

 


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2 COMMENTS

畑山千恵子

ゲルギエフはロシアの指揮者では一番勢いがありますね。「戦争と平和」日本初演もなしとげました。このオペラの日本初演も実現してほしいものですね。

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