ケマル・ゲキチ ピアノ・リサイタル@武蔵野音楽大学

gekic_recital_20140703スタニスラフ・ブーニンが優勝した、1985年のショパン国際コンクールで予選落ち、物議を醸したケマル・ゲキチを聴いた。正直驚いた。この人が本選に進出していたら入賞どころか間違いなく優勝だったかも。当時のことを詮索する気はないが、いろいろと噂をひもといてみるとそこには政治力が働いているようでどうにもきな臭い。それにしても何という超絶技巧!!しかもそれが単なる表層的なヴィルトゥオジティではないのだ。右手の旋律は歌い、重低音の左手は轟き、音楽的ニュアンスに富むゆえまったく飽きない。すごいピアニスト・・・。

冒頭のリスト編曲ハ短調交響曲から卒倒した。19世紀前半、フランツ・リストは間違いなくスターだった。それも、現代のロック・スターに通じる後光が差していたのでは?ほとんど精密に、一音も漏らすことなく1台のピアノで再現される楽聖の傑作を耳にし、ベートーヴェン受容の裾野を広げた功績にあらためて感謝せざるを得ない。
ベートーヴェンは革新者だった。そのことをワーグナー同様目ざとく認知し、それを自身の言語に転化し、リサイタルで幾度も採り上げた勇気と挑戦。リストの作品が決して得意ではない僕だが、その点については真に畏れ入る。
それに、おそらくリストはワーグナー受容にも貢献しただろう。あの長大な楽劇をその一部といえどいかにもピアノでお手軽に聴けるようにしたのだから(決してお手軽に弾ける代物ではないけれど)。

ケマル・ゲキチ ピアノ・リサイタル
2014年7月3日(木)18:30開演
武蔵野音楽大学江古田キャンパス ベートーヴェンホール
・ベートーヴェン=リスト:交響曲第5番ハ短調作品67「運命」
・ワーグナー=リスト:「タンホイザー」序曲S.422/R.275
休憩
ラフマニノフ:
・幻想的小品集作品3~第1番変ホ短調「エレジー」
・10の前奏曲作品23~第6番変ホ長調&第7番ハ短調
・絵画的練習曲集作品33~第2番ハ長調&第6番変ホ短調
・絵画的練習曲集作品39~第3番嬰へ短調、第8番ニ短調&第9番ニ長調
・ムソルグスキー=ゲキチ:交響詩「はげ山の一夜」
・バラキレフ:東洋風幻想曲「イスラメイ」
~アンコール
・パパンドプロ:8つの練習曲(1956)~第5番
・キューバの音楽ほか3曲

クロアチアに生まれ育ち、現在はフロリダ州マイアミに居を構えるゲキチならではのアンコールにひれ伏した。ボリス・パパンドプロにあるパルスと、その後のキューバ音楽のパルスがひとつになる様。この人こそ音楽によって「世界をひとつにする」救世主なのではと思った。延々5曲に及ぶアンコールにゲキチの溢れる人間性を見た。民族色豊かでダンサブル。まさに現代のポピュラー音楽家、そしてロック・ミュージシャンだと言い切っても良いのでは?
白眉はムソルグスキーからバラキレフに至るロシア「五人組」の傑作群。怒涛の「はげ山」には作曲家の赤裸々な魂が直接に紡がれる。そしてその終結部にみる何という「優しい詩情」と「歌心」!!!続く「イスラメイ」はほとんど人間業とは思えない圧倒的超絶技巧。アクロバティックでありながら音楽性豊かでかつ音の一粒一粒が有機的。

あらためて感じた。
リストの技巧とラフマニノフの技巧の異質性。いずれも音は多い。ラフマニノフにあってリストにないもの。ロシア的大地から生じる大らかさと哀しみ。一方、リストにあってラフマニノフにないもの。「祝祭」である。あまりに能天気といえるほどの音楽性を引っ提げて過去の数多の作品をピアノに編曲してしまう天才。

ケマル・ゲキチ。今後見逃せない人。
ここには「真実」がある。

 


日記・雑談(50歳代) ブログランキングへ


3 COMMENTS

畑山千恵子

武蔵野音楽大学、江古田キャンパスは来年から全面改築となります。今まで1,2年は入間キャンパス、3,4年、大学院は江古田キャンパスとなっていたものを全学年を江古田キャンパスで授業を行うことになったこと、江古田キャンパスの老朽化が進んだこともあり、ベートーヴェン・ホール以外、全面改築することになりました。2017年には改築が完了、素晴しいキャンパスに生まれ変わります。

返信する
岡本浩和の音楽日記「アレグロ・コン・ブリオ」

[…] 3年前の夏、武蔵野音楽大学のベートーヴェンホールでケマル・ゲキチのリサイタルを聴いた。 あのときの、おそらくフランツ・リストの演奏を髣髴とさせる超絶技巧は空前絶後で、今思い出しても心震えるほど。手に汗握る熱演は、とても10本の指が奏でているものとは思えず、それでいて決して技巧にばかり走る演奏でなく、魂をも癒してくれるほど美しかったのだから何とも言葉にならなかった。あれ以来ゲキチの実演には触れていないけれど、彼はこのところ毎年のように来日しているようだからいずれ近いうちにまた足を運んでみたい。 […]

返信する

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

アレグロ・コン・ブリオをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む