ベームの「影のない女」(1977Live)を聴いて思ふ

r_strauss_die_frau_ohne_schatten_bohm_1977ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの天才的博識の源流はいわば久遠の「全体観」である。あらゆる分野における学問的追究の壮絶さには目を瞠る。

われわれは、ある有機体を長くは統一体として眺めることはできない、またわれわれ自身を長くは統一体として考えることはできない。われわれは自分自身を二つの見地から考察することを余儀なくされる。一つは外的感覚に依拠する存在、他方は内的感覚によってのみ認識されるか、その様々な作用によって知覚されうる存在である。
木村直司編訳「ゲーテ形態学論集・植物篇」(ちくま学芸文庫)P49

人間がこれらの言葉なしには分離されているものしか認識できないのは、まさにそれが分離されているからである。人間が認識するために、ほんらい分離されてはならないものを分離しなければならない。ここで必要不可欠となるのは、自然が分離してわれわれの認識に提示したものを再び結合し、一つにすることである。その際われわれが留意しなければならないのは、ある形態が微妙に他のものに移行し、最後に次の形態に吸収されてしまうプロセスである。
このことは以前からしばしば注目されてきた。大事なことはただ、個別において容易に知覚できることを、知覚しにくい普遍的なものに広げることである。
~同上書P56

このことは、「文学」のジャンルでは「ファウスト」において深遠に語られ、そしてこの思想そのものはモーツァルトの「魔笛」の世界と軌を一にする。「ファウスト」をオペラ化するならばモーツァルトしかいないと言明したゲーテの想いは、モーツァルトがすでに鬼籍に入っていたことから永遠に叶うことはなかったのだけれど。

リヒャルト・シュトラウスの「魔笛」ともいわれる「影のない女」。そもそも時と場所の設定が架空の時代の東洋の島(日本?)であり、霊界と皇帝の王宮、地上の庶民の家と地下の暗闇の世界等、舞台が目まぐるしく転換するこのオペラのテーマこそ、「自然が分離してわれわれの認識に提示したものを再び結合し、一つにすること」であり、そしてその手段が人間の「良心」であることを明示するものだと僕には思われる(そもそも目に見えない「空間」含めすべては人間が認識するために勝手に分離した、カテゴライズしたものに過ぎない)。
そう、本来人間に備わっている「内なる神」(良心)、その開示こそがすべてを幸福に導く鍵なんだと説くのである。シュトラウスやホーフマンスタールがそのことをはっきり認識していたかはわからないけれど。

リヒャルト・シュトラウス:楽劇「影のない女」
ジェイムズ・キング(テノール、皇帝)
レオニー・リザネク(ソプラノ、皇后)
ルート・ヘッセ(アルト、乳母)
ペーター・ヴィンベルガー(バス、霊界の使者)
ロッテ・リザネク(ソプラノ、宮殿の門衛、鷹の声)
ワルター・ベリー(バリトン、バラク)
ビルギット・ニルソン(ソプラノ、染物師の妻)ほか
カール・ベーム指揮ウィーン国立歌劇場管弦楽団&合唱団(1977.10Live)

シュトラウスの音楽の魅力にはまる。声と管弦楽のバランスと、多様なオーケストラ表現の高度な響きに恍惚、そして卒倒。
例えば、第2幕の室内楽的な舞台転換の美しい音楽の薫りと、鷹の声を模するフルートの音色が重なるところの妙味。その直前、生まれざる子どもたちの声は語る。

ああ、幸せな昼、ああ、恵みの夜よ!

これこそ絶対真理。昼も夜も、善も悪も、陰も陽も・・・、すべてを受容するというまさに天の声。

あるいは、第1幕最後の夜回り達の声のワーグナー風の崇高な調べと言葉そのものの重み。

この町に住む夫婦たちよ、
そなたたち自身の命より互いを愛せよ。
心せよ・・・そなたたちの命のために、
命の種を委ねられたのではないぞ。
さにあらず!そなたたちの互いの愛のためなのだ!

何ゆえ互いを愛するのか?すべてはひとつだから。
いかに互いを愛するのか?すべてがつながりの中にあることを知ることにより。
すなわち、すべての有機体を統一体として眺めることにより解決策が見えるということ。

本作も舞台に触れることが必須だと思う。
残念ながら僕はいまだ触れ得ず。

 

ブログ・ランキングに参加しています。下のバナーを1クリック応援よろしくお願いいたします。


日記・雑談(50歳代) ブログランキングへ


2 COMMENTS

畑山千恵子

「影のない女」と言えば、今でも市川猿翁さん演出のバイエルン国立歌劇場、来日公演の舞台を思い出しますね。歌舞伎を取り入れた演出は話題になりましたし、それなりにオペラのドラマをしっかり表現しました。昨年、ヴォルフガング・サヴァリッシュが亡くなり、この演出がお蔵入りすることも残念でなりませんでしたね。

返信する

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

アレグロ・コン・ブリオをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む