バーバラ・ボニーのメンデルスゾーン歌曲集を聴いて思ふ

mendelssohn_edition_3093何だか陽気。春がそこまで迫っているような・・・。
春先というのは不思議だ。表と裏と、陰と陽の、太陽と月の葛藤がつい起こる。悩めるのが人間というもの。

一聴、清澄で、愉悦に溢れるメンデルスゾーン。モーツァルトと等しく、彼には生まれながらの類稀なる才能があった。しかしながら、ユダヤ人として生まれたがゆえの苦悩もあった。どんなに天才であろうと、社会から閉ざされたならば「馬の骨」に過ぎない。

ゲーテの詩による「ズライカ」が沁みる。

風のこのそよぎは何を意味するのでしょうか。
東風はうれしい便りを持って来るのでしょうか。
風の翼のさわやかな動きは
心の深い傷をひやしてくれます。
~「ズライカ(東風の歌)」/高橋健二訳「ゲーテ詩集」(新潮文庫)P231

メンデルスゾーンの音楽は明るく暗い。そして暗く明るい。それを見事に表現するバーバラ・ボニーの小悪魔的な歌声に痺れる。性急な「ズライカ(西風の歌)」は深沈とした深い歌に満ちる。

ああ、西風よ、そなたのぬれた翼を
私はどんなにうらやむことでしょう。
そなたはあの方に便りを運ぶことができるのですから。
お別れして、私がどんなに苦しんでいるか!

そなたの羽ばたきは
胸に秘かなあこがれを呼びさまします。
花も目も森も丘も、
そなたの息吹に触れて、涙にぬれます。
~「ズライカ(西風の歌)」/同上書P233

ゲーテとの邂逅をフェリックスは手紙で報告する。

さて、僕の親愛な、咳に苦しんでいるファニー。昨日の朝、僕はお姉さんの歌曲をゲーテ夫人(ゲーテの息子夫人オッティーリエ)のところへ持っていきました。夫人はすてきな声の持ち主なのです。夫人はお姉さんの曲を老主人(ゲーテ)に歌って聞かせると思います。僕はもう作曲したのはお姉さんだとゲーテにも言って、聴きたいかどうか訊いてみました。ゲーテは、もちろんだとも、是非聴かせてもらうよって言っていました。ゲーテ夫人はお姉さんの曲をたいそう気に入っています。よい兆候です。今日か明日ゲーテは聴くことになります。
(1821年11月6日付、フェリックスの家族宛手紙)
~山下剛著「もう一人のメンデルスゾーン」(未知谷)P49

この時に歌われた作品が何なのかはわからないが、少年フェリックスが自慢の姉の紹介も忘れないところが実に健気。
フェリックスの作曲として発表されたものの、実際にはファニーの作である、例えばハイネの詩による「喪失」作品9-10などは、彼女の天才を真に証明するものだと思う。

メンデルスゾーン歌曲集
・6つのリート作品34~第2曲「春の歌」
・6つのリート作品86~第3曲「恋する女が書き記す」
・12のリート作品9~第9曲「遠いところに」
・6つのリート作品99~第6曲「誰にもわかりっこない」
・小姓の歌
・6つのリート作品34~第4曲「ズライカ」
・6つのリート作品57~第3曲「ズライカ」
・12のリート作品9~第1曲「問い」
・6つのリート作品86~第5曲「月」
・6つのリート作品71~第2曲「春の歌」
・6つのリート作品34~第3曲「春の歌」
・12のリート作品9~第10曲「喪失」(ファニー作)
・12のリート作品9~第12曲「尼僧」(ファニー作)
・12のリート作品9~第7曲「あこがれ」(ファニー作)
・6つのリート作品47~第5曲「花束」
・6つのリート作品47~第3曲「春の歌」
・12のリート作品9~第5曲「秋に」
・6つのリート作品19a~第4曲「新しい恋」
・6つのリート作品34~第5曲「日曜日の歌」
・6つのリート作品99~第5曲「二人の心が離れてしまえば」
・12のリート作品8~第10曲「ロマンス」
・12のリート作品9~第8曲「春の信仰」
・6つのリート作品19a~第3曲「冬の歌」
・6つのリート作品99~第1曲「最初の喪失」
・6つのリート作品47~第6曲「ゆりかごのそばで」
・6つのリート作品71~第6曲「夜の歌」
・12のリート作品8~第8曲「魔女の歌(もうひとつの5月の歌)」
バーバラ・ボニー(ソプラノ)
・低音のための3つのリート作品84~第3曲「狩の歌」
・6つのリート作品86~第6曲「古いドイツの春の歌」
トーマス・ハンプソン(バリトン)
ジェフリー・パーソンズ(ピアノ)

痛みと安らぎとの狭間のゼロ。フェリックス・メンデルスゾーンの音楽には儚さと永遠が錯綜する。

 

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1 COMMENT

畑山千恵子

ユダヤ人はアメリカ独立、フランス革命で市民権を得られるようになりました。しかし、ドイツ・オーストリアでユダヤ人に市民権が与えられたのは19世紀後半でした。メンデルスゾーンは、ユダヤ人として嫌がらせを受けたり、差別されたりしました。ユダヤ人に市民権が与えられても、嫌がらせは日常茶飯事でした。
メンデルスゾーンは裕福な音楽家だったというだけで捉えていることは多いようですね。

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