マリア・ジョアン・ピリスのベートーヴェン作品27&作品109を聴いて思ふ

beethoven_13_14_30_pires144自身のピアノの生徒であり、パトロンでもあったヨゼフィーネ・ゾフィー・フォン・リヒテンシュタイン侯爵夫人。彼女に献呈された変ホ長調ソナタ作品27-1を、ピリスの演奏で聴いて思った。

語りかけるような左手の伴奏に対して、可憐で瀟洒な右手の主題は、ベートーヴェンの彼女への感謝の念を示すよう。ここには難聴になり始めの彼の苦悩は微塵もない。しかしながら、第2楽章アレグロ・モルト・エ・ヴィヴァーチェにおいてベートーヴェンは自身の現況をようやく認識したようで、ハ短調の激しい楽想がそのことを物語る。アタッカで続く終楽章の序奏アダージョ・コン・エスプレッシオーネの不思議な安寧は、ヨゼフィーネへの微かな愛情の如く。そして、主部アレグロ・ヴィヴァーチェの愉悦。真に美しい青春のベートーヴェン。

ひとりの愛すべき、夢のように魅惑的な少女が状況を一変させてくれたのだ、彼女は私を愛し、私も彼女を愛している。この2年間には幸せなことも時にはあったのだ。結婚が私に幸福をもたらしてくれるかもしれないと、初めて感じている。
平野昭著「作曲家◎人と作品シリーズ/ベートーヴェン」(音楽之友社)P56

それは1800年頃のこと。幼少時から家庭に希望を持てなかったベートーヴェンに家庭を持つことの幸福感を想像させてくれたのがジュリエッタ・グイッチャルディその人である。そのせいか、当時楽聖が生み出した作品には、調性の質は横に置くとして、実に満足感に満ちるものが多い。

グイッチャルディに献呈された嬰ハ短調ソナタ作品27-2、通称「月光」ソナタはピリスの真骨頂。何事もなかったように、すっきりとあっさりと弾かれる第1楽章アダージョ・ソステヌートの祈り。これほどに力の抜けた演奏はあまり聴いたことがないくらい。

ベートーヴェン:
・ピアノ・ソナタ第13番変ホ長調作品27-1
・ピアノ・ソナタ第14番嬰ハ短調作品27-2「月光」
・ピアノ・ソナタ第30番ホ長調作品109
マリア・ジョアン・ピリス(ピアノ)(2000.6&2001.5録音)

第2楽章アレグレットは、両端楽章を包み込む鏡の役割を果たす。白眉は終楽章プレスト・アジタート。ピリスの、速過ぎず遅過ぎず、理想的なテンポで前のめりに動く音楽はある意味冒頭楽章と対で、実に幻想的な雰囲気を醸し出す。ここにはピアニストの閃きと天才が在る。

最後に、可愛い恋人、マクシミリアーナ・ブレンターノに捧げられた作品109のソナタ。
第1楽章ヴァイヴァーチェ、マ・ノン・トロッポの柔和で優しい表情はピリスの奏でる音楽ならでは。第2楽章プレスティッシモも、決して激しさを強調せず、中庸なテンポで突き進む。第3楽章アンダンテ・モルト・カンタービレ・エド・エスプレッシーヴォの夢見心地の自由に、ピリスとベートーヴェンの内に秘めた女性性を感じずにいられない。特に後半、主題が再現されるパートの神宿るような確信。ここにおいて作曲者と演奏家は同化する。

ベートーヴェンが独身を貫いたのは意図せずの成り行きだろう。たまたまそうであったに過ぎない。優しい音楽を書いた楽聖の背後には、実は女性の匂いがいつもする。

 

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2 COMMENTS

畑山千恵子

私もこのCDはあります。いずれ、じっくり聴き返してみようと思います。最近のピレシュの円熟ぶりは素晴らしいものがありますね。

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岡本 浩和

>畑山千恵子様
おっしゃるように最近の彼女の演奏は群を抜いておりますね。
この音盤も素敵ですのでじっくりと聴いてみてください。

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