エレーヌ・グリモーの”resonances”を聴いて思ふ

grimaud_resonances146「色彩論」第5編「隣接諸領域との関係」の中でゲーテは、物理学者は哲学的素養を持ち、自己と世界を根本的に区別し、高次の意味で再び世界と合一し得るようになるべきだと説いた。一方で、数学に関しては自然科学分野の中で最も優れたものであるにもかかわらず、色彩論においてはある偉大な数学者の間違いにより長い間偏見に囚われてきたと警告する。
また、博物学的見地からは今後もっと詳細に説明できる可能性が出て来つつあることも示唆する。とはいえ僕が最も興味深いのは「音響論との関係」。

色彩が音響とある種の関係を有することは昔から感じられてきた。
色彩と音響はけっして相互に比較されえない。しかし両者は高次の公式に関係づけられ、それぞれ独自にではあるが、両者とも高次の公式から導き出されることができる。同じ山に源を発する二つの川がまったく異なった条件のもとで二つの正反対の地方へ流れ下り、その結果、両者の進む全道程においてただの一個所も互いに比較されえないように、色彩と音響も同じ関係にある。両者は普遍的な初源的作用であり、分離と統合、上下の変動、左右の動揺という一般的法則に従いながら、まったく異なった方面へ、それぞれ異なった仕方で、異なった媒介要素に対して、異なった感覚のために作用するのである。
ゲーテ/木村直司訳「色彩論」(筑摩書房)P372-373

この2つがひもづけられた特殊能力こそ「共感覚」というのだろうが、リストやワーグナーや、あるいはモーツァルトやバルトークや、そういう常人には想像し得ない独自の音楽世界を創造し得た天才たちにはゲーテの言う「高次の公式」が「生まれながらにして」インストールされていたのだろうと想像した。

最近ではエレーヌ・グリモーがそうらしい。確かに、彼女のアルバムは、特に最近のものはどれも他の追随を許さない高みに達しており、選曲なども恐るべきセンスに溢れる。
例えば、「共鳴」を意味する”resonances”は、モーツァルトにはじまり、ベルク、リスト、そしてバルトークが並べられるという、一見奇を衒いつつ、実に説得力のあるチョイス。もちろん鍵になるのはハプスブルク家によって1918年まで統治されていたオーストリア=ハンガリー二重帝国なのだが、そんな表面上のことだけでなく彼女には僕たち凡人には想像し得ない「何か」が見えているのかもしれないなどと考えた。

モーツァルトのK.310第1楽章アレグロ・マエストーソ冒頭など、わずかに呼吸をずらす見事な佇まいに息を飲む。ブレーキを踏みつつ一瞬の隙間を狙って急加速、あるいはその逆。何とも「遊び」に富んだ解釈に感無量。第2楽章アンダンテ・カンタービレ・コン・エスプレッシオーネの、ヴォルフガングの柔和な表情を思わせる繊細な音に痺れ、終楽章プレストの天衣無縫でありながらどこか寂しげな表情に胸が熱くなる。

エレーヌ・グリモー/レゾナンス
・モーツァルト:ピアノ・ソナタ第8番イ短調K.310(300d)
・ベルク:ピアノ・ソナタ作品1
・リスト:ピアノ・ソナタロ短調S178
・バルトーク:ルーマニア民俗舞曲BB68
エレーヌ・グリモー(ピアノ)(2010.9録音)

ところで、先日のジョナサン・ノット&東響の川崎定期のプログラムは、ベルクの「抒情組曲」とワーグナーの「パルジファル」というカップリングだったが、その組み合わせに感じた共通の、情念とも博愛とも言い難い、音楽の深層に潜む「人心を鷲づかみにする力」をベルクの作品1とリストのロ短調ソナタという組み合わせにも僕は感じた。

発表当時、クララ・シューマンや評論家のエドゥアルト・ハンスリックから酷評されつつもワーグナーからは傑作と讃えられた、今やリストの代表作である単一楽章ソナタの底知れぬエロスと研ぎ澄まされた音。細部にこだわりつつも全体を見事に捉え切り、冒頭から最後までを一気に、それも縦横無尽に駆け巡る妙。あの巨大なソナタが光煌めく水流の如く瞬間ごとに色合いを変え、進行する。真に素晴らしい。
そして、リストのいわば前奏の役目を果たすのがアルバン・ベルクの同じく単一楽章のソナタ。特に、展開部における弱音のあまりに静謐な美しさと同時に、最強音時においても決して汚くならない透明な響きにグリモーの天才を思う。

そして、バルトークの舞曲に見る懐かしさと郷愁、その類稀なる生命力に、作曲者の祖国(当時ルーマニアはハンガリー王国の一部だった)への深い愛情を感じずにいられない。

うーむ、ここまで書いて考えた。音楽というものを正しく言葉で評するのはまったく不可能だと。
頭で考えず、とにかく無心で静かに聴きなさい、とエレーヌの声が聞こえた・・・。

 

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