パイヤールの「パッヘルベルのカノン」&「アルビノーニのアダージョ」を聴いて思ふ

pachelbel_canon_albinoni_adagio_paillard_1983205今となっては贋作と認定されてしまったレーモ・ジャゾット編曲の、通称「アルビノーニのアダージョ」。ト短調という慟哭の調性がいかにもとってつけたような感がもはや否めないが、たとえそれがバロック風の味付けを施した20世紀の作品であろうと、人口に膾炙した、人々の記憶に残る名曲になったことには相応の理由があるはず。例えば、オルガンと弦楽合奏という墨絵のような渋い響きが聖なる崇高な場面を想起させ、一方でわかりやすく美しい旋律が僕たちの心をとらえて離さない。聖俗混合した稀代の傑作であることに違いはない。

あるいは、ヨハン・パッヘルベルのカノン。神の調性(ニ長調)を持つこの音楽は、全世界で親しまれる癒しの作品であるが、ここにも言葉にし難い「何か偉大なるもの」への感謝の念が投影される(この音楽を耳にするだけで涙する輩が大勢いることから自明)。「歪んだ真珠」という意味をもつバロック期ならではの革新がやっぱりあるのである。

・パッヘルベル:カノンニ長調
・J.S.バッハ:コラール「主なる神、我をあわれみたまえ」BWV721
・J.S.バッハ:コラール「主よ、人の望みの喜びよ」~カンタータBWV147「心と口と行いと生命をもって」
・J.S.バッハ:コラール~カンタータBWV167「汝ら人間よ、神の愛を讃えよ」
・J.S.バッハ:コラール~カンタータBWV140「目覚めよと、呼ぶ声が聞こえ」
・アルビノーニ:アダージョト短調
・J.S.バッハ:コラール~カンタータBWV75「神のなしたもうことはすべて良し」
・ボンポルティ:アンダンテ~「4声部の協奏曲集」作品11-5
・J.S.バッハ:コラール~カンタータBWV6「わがもとにとどまれ」
・J.M.モルター:アンダンテ~2本のトランペットのための協奏曲ニ長調
ジェラール・ジャリ(ヴァイオリン)
ギイ・トゥーヴロン(トランペット)
ジャン=フランソワ・パイヤール指揮パイヤール室内管弦楽団(1983.2録音)

そして、バッハの各種コラールの優しさ。何よりパイヤールの編曲による、トランペットで奏される主題旋律の神をも怖れぬ美しさ。
ダーク・ボガードの日記をひもといた。

すべてが終わり、ぼくらがそっと賛美歌集を閉じて、衣ずれの音を気にしながら腰をおろしたとき、突然、祭壇の陰から頼りなげな人影が現れました。よれよれの碧いスーツ、手にバイオリン。彼は、どこからか差しこむ淡い日の光のなかにおずおずと立ち、バッハのシャコンヌ(ニ短調)を弾きました。・・・
ユーディ・メニューインが、喪くした友人を悼んでいたのです。
ぼくらは魔法にかけられたように、そこにすわっていました。オリビエがコリント書の慈悲のくだりを読み上げたばかりで、みな、かなり意気地なくなっており・・・そこへこれです。
(1968年3月21日付日記より)
ダーク・ボガード著/乾侑美子訳「ミセスXとの友情―レターズ」(弓立社)P152

清い瞬間があると思えば、泥にまみれたような汚れた瞬間も日常にはある。

最初は、音楽といえばジャズとビートルズとシナトラでした。しかし、このホテルを成功させようとそっくりかえってあたりを眺め回しているイギリス人のマネージャーから、モーツァルト、セザール・フランク、ベートーヴェンを少しばかり借りるのに成功しました。彼のいうには、「この種のテープ」を貸してくれといった者はこれまでいなかったそうで、昼食時の海岸の客を見れば、それもうなずけます。
(1968年1月30日付日記より)
~同上書P125

パイヤールが亡くなって2年が経過するが、いまだに「カノン」は随一。昔、東京芸術劇場で聴いたフォーレのレクイエムも素晴らしかった。
音楽には神も悪魔も宿る。

 

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