ブレンデルのフェアウェル・コンサート(2008.12.14Live)を聴いて思ふ

brendel_farewell_concerts235少しばかり肌寒く、湿度の高い黄昏時に斎藤茂吉の歌集「遠遊」(大正11年、1922年)をひもとく。

7月9日(日曜)、Schwarzenberger, Zentralfriedhof
汗垂りて中央墓地に来たりけり墓地の木下にしばし眠らな
山口茂吉・柴生田稔・佐藤佐太郎編「斎藤茂吉歌集」(岩波文庫)P87

灼熱の日、茂吉はシューベルトの墓参をしたのだろうか。
そして、約1ヶ月後にはドイツのボンに降り立ち、次の歌を詠む。茂吉がベートーヴェンの作品をどれくらい知っていたのか僕は知らない。そのとき彼の脳裏には何が鳴っていたのだろう。

ボン。8月16日午後4時半、船より上陸し、独り歩く。
Beethoven若かりしときの像の立つここの広場をいそぎてよぎる
~同上書P89

思索がそのまま歌になる妙。茂吉の歌には「音楽」がある。
そして、深夜・・・。

「もうこれが最後」というものは人に希望を与えるものなのだろうか?
フランツ・シューベルトの最後のソナタは、その青白く病的な第1楽章の主題が印象的で、最晩年の作曲家が未来に大いなる夢を抱きながら、それが叶う前に果てざるを得ない苦悩が反映されているものだとずっと思ってきた。しかしながら、このソナタで最後になるとはシューベルトは当然思っていなかったわけで、作曲時点でむしろ彼はまだまだ生きるつもりであっただろうことを考えると、何より明朗で快活なブレンデルの解釈が実に妥当なものであるといつの頃からか思うようになった。

アルフレート・ブレンデルがハノーヴァーでの自身の最後のリサイタルのプログラムのひとつに選んだのがシューベルトの最後のソナタだった。悲しいはずのこの音楽が何と愉悦に溢れ、夢と希望に溢れることか。

フェアウェル・コンサート
・ハイドン:変奏曲ヘ短調Hob.XVII:6
・モーツァルト:ピアノ・ソナタヘ長調K.533/494
・ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第13番変ホ長調作品27-1
・シューベルト:ピアノ・ソナタ第21番変ロ長調D960
~アンコール
・ベートーヴェン:バガテルイ長調作品33-4
・シューベルト:即興曲第3番変ト長調D899
・J.S.バッハ:コラール前奏曲「来たれ、異教徒の救い主よ」BWV659(ブゾーニ編曲)
アルフレート・ブレンデル(ピアノ)(2008.12.14Live)

ベートーヴェンの「幻想曲風ソナタ」作品27-1第1楽章アンダンテの柔らかで清澄な語りかけに惹かれる。続くアレグロの部分も決して慌てず急がず、極めて余裕のある堂々たる指さばき。そして、流れるような束の間の第2楽章アレグロ・モルト・エ・ヴィヴァーチェを挟み、夢見る第3楽章アダージョ・コン・エスプレッシオーネでは、まるでこれまでのピアニスト人生を回顧し、すべての聴衆に感謝の念を贈るかの如く意味深く響く。

さらに、三大交響曲が生み出された同じ年に書かれたモーツァルトのヘ長調ソナタ第1楽章&第2楽章アンダンテは瑞々しさと奥深い精神性に溢れ、音楽は静かに哀しみに沈み込む。しかしそれは、健康的な哀愁だ。終楽章ロンドのあまりに可憐で動的な美しさ。ブレンデル最後のリサイタルに相応しい選曲。

何より3曲披露されたアンコールの素晴らしさ。ブレンデル老練の境地か、ベートーヴェンもシューベルトも、そしてバッハも真に素で透明。聴衆の熱狂も収まることを知らず。
再び斎藤茂吉。

オーベルアムメルガウ。8月8日、9日、Oberammergauに至り基督受難劇(Passionspiel)を観る
基督の一代の劇壮大に果てむとしつつ雷鳴りわたる
~同上書P88

信仰無くして美しさなし。自然の雄大さよ。

 

ブログ・ランキングに参加しています。下のバナーを1クリック応援よろしくお願いいたします。


日記・雑談(50歳代) ブログランキングへ


1 COMMENT

畑山千恵子

ブレンデルは2001年の来日が最後になりました。これには音楽マネージャーの廃業・倒産の影響があります。神原音楽事務所・高柳音楽事務所が廃業しましたし、3社倒産が出ました。2001年に招聘したのが高柳音楽事務所でした。
新しい音楽マネージャーのパシフィック・コンサート・マネージメント、ヒラサ・オフィスといったところが招聘に動くべきだったかもしれませんね。21世紀になり、日本の音楽マネージメントも世代交代したことになるでしょうね。

返信する

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

アレグロ・コン・ブリオをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む