ティーレマン指揮バイロイト祝祭管の楽劇「ラインの黄金」(2008.7&8Live)を聴いて思ふ

wagner_rheingold_thielemann_2008329世のすべてが波動であることをリヒャルト・ワーグナーは教えてくれる。

「世界は私の鏡」だという。同時に、「あなたは私の鏡」でもある。
人は自分の中にあるものでしか物事を測れない。
自分が体験したことのない感情や思考を他人に見出すことは不可能。つまり、他人のことがわかるのは自分が「そう」であるからだ。
「ラインの黄金」の台本を読み、そして音楽を聴き、思った。
リヒャルト・ワーグナーは(本人に自覚あるか否かは別にして)詐欺師であり、二重人格者だったのだろうと。

権力欲と愛と、憎悪と慈悲と。
楽劇「ラインの黄金」はニーベルンクの物語の前史であるが、黄金の指環にまつわる登場人物それぞれの浅ましい思惑が錯綜し、(巨人族、小人族、あるいは神々というカテゴライズはすべて人間そのものであり)人間がこれまでの歴史の中でいかに物質に固執し、権力に翻弄されてきたのかがわかって面白い。特に第2場「広々とした山の高み」のヴォータンはじめとする神々の、最終的に没落するその発端となるエピソードが詳細に描かれているあたりの真実味!アルベリヒも、ローゲもヴォータンも、そしてフリッカやフライアですらリヒャルト・ワーグナーその人の化身なのだろう。

ドンナー(ヴォータンに)
誰かが指環を奪わねば
われわれがあの小人の
配下にされかねない。
ヴォータン 指環は私が手に入れる!
フロー 今なら愛を呪わずに
指環はたやすく手に入る。
ローゲ(声高に)
わけもない、
赤子の手をひねるようなもの!
ヴォータン それなら言え、どうやって―
ローゲ 盗むのです!
泥棒が盗んだ物を
泥棒から取り上げる、
物を手に入れるのに、これほどたやすいことはない。
日本ワーグナー協会監修/三光長治・高辻知義・三宅幸夫・山崎太郎編訳「ラインの黄金」(白水社)P53

ローゲこそが「指環」世界の肝。これほど表裏のある二元的存在は他にはない。あまりに人間的。

クリスティアン・ティーレマン指揮する2008年のバイロイト音楽祭ライブを聴いた。
一部の隙もない(とはいえ、決して頑なでなく、緊張と弛緩のバランスが見事な)何と聡明なワーグナー。
第2場の、男神、女神入り乱れての悪巧み(?)における、微妙な心理を実に見事に音化する指揮者の力量に絶句。

・ワーグナー:楽劇「ラインの黄金」
アルベルト・ドーメン(ヴォータン、バリトン)
ラルフ・ルーカス(ドンナー、バリトン)
クレメンス・ビーバー(フロー、テノール)
アルノルト・ベゾイエン(ローゲ、テノール)
クヮンチュル・ユン(ファーゾルト、バス)
ハンス=ペーター・ケーニヒ(ファーフナー、バス)
アンドリュー・ショア(アルベリヒ、バリトン)
ゲルハルト・ジーゲル(ミーメ、テノール)
ミシェル・ブリート(フリッカ、メゾソプラノ)
エディット・ハラー(フライア、ソプラノ)
クリスタ・マイヤー(エルダ、アルト)
フィオヌアラ・マッカーシー(ヴォークリンデ、ソプラノ)
ウルリケ・ヘルツェル(ヴェルグンデ、メゾソプラノ)
ジモーネ・シュレーダー(フロースヒルデ、アルト)
クリスティアン・ティーレマン指揮バイロイト祝祭管弦楽団(2008.7&8Live)

ローゲがヴォータンを代弁する場面は、フィナーレ「ヴァルハラ城への神々の入場」と音楽的に対応する。いかにも傲慢だが、すべての責任が長であるヴォータンにあることを訴える。ここでのティーレマンの繊細な表現は有機的かつ温かみ(?)があり、素晴らしい。

ヴォータンが望んだのも
堂々たる広間、
堅固な要塞。
館に庭に
広間に砦、
至高の宮居が
見ての通りに完成だ。
贅をつくした城壁も
私自身で検査済、
ぬかりはないか
とくと調べたが
ファーゾルトとファーフナー、
連中の仕事にケチのつけようはない。
~同上書P45

近頃の前衛的な演出には興味のない僕だが、こうやって音だけで空想するワーグナーの世界は実に圧巻。ティーレマンは、かつての重厚でうねりのあるワーグナー指揮者の表現を髣髴とさせる新星とでも言おうか。
それにしてもずっしりと重みのある、それでいて鈍でなく色彩豊かな音を細部にわたって創造する職人芸。フィナーレの「ヴァルハラ城への神々の入場」における凄味!!!

ワーグナーの楽劇は、少なくとも「指環」や「パルジファル」という、バイロイト祝祭劇場で演奏されるべく創造された(厳密には「指環」は違うけれど)作品は、バイロイト祝祭劇場で実体験して初めてその真価がわかるものなのだろう。
ピットが舞台の下方にあり、客席へは、反響板を通して音が届けられ、舞台の歌手の声と渾然一体となる様、そして地から湧き出、客席を揺るがすオーケストラの轟音はその場におらずして絶対にはわかり得ない。実際に祝祭劇場で楽劇を体験した人たちの話を聞くとそのことは歴然。嗚呼、バイロイト!!!!

 

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