グリモーのシューマン&ブラームス(1988.11録音)を聴いて思ふ

schumann_brahms_grimaud_1988382エレーヌ・グリモーの音楽は実に中性的だ。
いや、もう少し言葉を詰めてみると、限りなく中庸だということになる。相対のこの世界において、善悪、陰陽を超越した、何とも表現し難い潔さがある。それは今も、そして昔も変わらない。

ロベルト・シューマンの「クライスレリアーナ」とヨハネス・ブラームスのソナタ第2番嬰へ短調を聴いた。いずれもその中心にあるのがクララ・シューマンその人だ。
「クライスレリアーナ」は恋に落ちたロベルトとクララが、家族の反対の中で最も熱く輝いていた時期に書かれたもの。一方の、ヨハネスのソナタは、クララに出逢う以前に生み出されていたものだが、敬愛するクララに献呈されている。

いずれも男性が女性への憧憬を込めた作品であるにもかかわらず、エレーヌの表現の外見は沈着冷静で、とても客観的。しかし、内燃するパッションの途轍もない拡がりは、彼女がシューマンやブラームスの音楽に心底惚れ込んでいることを物語る。
惚れ込んでいるからこそ常識を超えるのである。
そして、最高のパフォーマンスのためにはともかく直感的な動きでなければならぬと。

エレーヌは、最初のコンサートの前に、作品を何度も練習をあえてしないと言う。同じことを、マルタ・アルゲリッチがあるとき彼女に語ったそう。

「前もって、試演をしておくというのはほんとうにばかばかしい考え方ね」と、ある日、マルタ・アルゲリッチは私に言った。「何時間もかけて、研究し、準備し、練習しているあいだに想像していた高みに達することがほんとうに必要なのは、なにかを最初に演奏するときよ」
エレーヌ・グリモー著/北代美和子訳「野生のしらべ」(ランダムハウス講談社)P305

天才の言葉とは意味深い。天才だからそうなのではなく、そうだから天才なのだ。

・シューマン:クライスレリアーナ作品16
・ブラームス:ピアノ・ソナタ第2番嬰へ短調作品2
エレーヌ・グリモー(ピアノ)(1988.11.28&30録音)

エレーヌの「クライスレリアーナ」には、慈悲が宿る。それはもちろんロベルトがクララに贈った魂の言葉の体現であるのだが、実はエレーヌ自身が生きとし生けるものに贈った愛だったように僕には思える。

子どものころ、私は短いあいだに音楽を、ピアノを、練習を発見した。短いあいだにシューマンとブラームスの過剰をわがものとした。このすべてのなかには、ひとつの広がりが、いやむしろひとつの緯度と経度とが欠けていた。私はそれを発見し、ようやく自分の家、言葉が創造される場所にいた。自然とはまたこれ、もうひとつの言葉である音楽が芽吹く巨大な場所でもあった。
~同上書P308

ここにも神童があった。そしてやはり人間と自然がひとつになるのに音(音楽)の必要性を彼女も説くのである。

私は言った。「自然の音をお聴きなさい。川に、急流に、小鳥たちの声に耳を澄まさなければなりません」
~同上書P309

厳めしいはずのブラームスの音楽が、柔和で静謐に高鳴る。第2楽章アンダンテ・コン・エスプレッシオーネの祈りの深さと語り口の落ち着きは、とても19歳の女性の演奏だとは思えないもの。
また、いかにもブラームスらしいスケルツォのパッションとトリオの憂愁。エレーヌのピアノが沈潜し、その心を見事に表現する。
さらに終楽章の崇高さと、突如として現れるベートーヴェンの木魂。ここでのエレーヌの確信的な演奏は、この時点で彼女が完成していたことを示す。
嗚呼、素晴らしい。

 

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2 COMMENTS

雅之

>エレーヌ・グリモーの音楽は実に中性的だ。
いや、もう少し言葉を詰めてみると、限りなく中庸だということになる。相対のこの世界において、善悪、陰陽を超越した、何とも表現し難い潔さがある。それは今も、そして昔も変わらない。

そうですか。
そういう意味では、「水」をテーマにした、発売予定のコンセプトアルバムは面白そうですね。
http://helenegrimaud.com/featured/new-album-water-coming-out-february-5th-2016
グリモーならではの、水と生態系についての「深い洞察力に学びたいです(彼女が弾く、武満 徹 : 「 雨の樹素描 II」も楽しみです)。

どんなに強くても、どんなに権力を握って偉そうなことを宣っても、
狼も人間も、所詮、体の約7割が「水」なのですから・・・。

そして、音楽も狼も人間も、
大気から生まれ、大気に消えてゆくのですから・・・。

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岡本 浩和

>雅之様
最新アルバムはコンセプトも素晴らしく、また選曲が絶妙ですよね。
今から楽しみで仕方ありません。
来年の来日公演ではこのアルバム全曲とブラームスの第2ソナタという組み合わせ。
名古屋は5/14のようです。

>所詮、体の約7割が「水」なのですから・・・。
>大気から生まれ、大気に消えてゆくのですから・・・。

はい、諸行無常ですね。

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