アルゲリッチ&デュトワのショパン ピアノ協奏曲第1番&第2番(1998.10録音)を聴いて思ふ

copin_concerto_argerich_dutoit416この曲が果たしてショパンの真作か偽作か、そういう議論が昔からあるらしい。
素直な僕は疑ったことなどなかったが、いろいろと話を伺ってみるとなるほど確かにそう言われてみればそのような気もする。詳細の言及は避けるが、著作権も何もなかった時代のこと、ゴーストライターを雇って不得手な管弦楽ものをともかく世に送り出したということも考えられなくはない。
とはいえ、証拠も確証も何もなく、21世紀に生きる僕たちはショパンの真作だと信じて聴くしかないわけで、ましてや世間一般がそう認知しているものにつべこべ言うこともなかろう。
それに、楽曲にまつわる想いを綴った友人宛の手紙も残されていることだし・・・。

ぼくは夢見ている。その思いでコンチェルトのアダージョ部分を書いた。今朝はさらに小さなワルツ(作品70-3)も書いてみた。君に送ったものだ。
(1829年10月付、友人ティトゥス宛手紙)
小坂裕子著「作曲家◎人と作品シリーズ ショパン」(音楽之友社)P35

初恋の人を見つけたというショパンの想いが第2楽章ラルゲットに投影される美しい歌。
この作品をロベルト・シューマンも称えた。

ぼくらがみんなで束になってもかなわない。
西欧に諸国民の声が高らかに響いているとき、ショパンは自分の芸術の深い知識をそなえたうえに、自分の力をじゅうぶんに意識して、一分の隙もない颯爽たる武者ぶりで登場した。
~同上書P222-223

この純真で自由な心がありのままに表現された希有な演奏。
かつて5年ほど夫婦だけあった息の合ったヘ短調協奏曲。さすがのデュトワもマルタには手を焼いたらしいが、それでもひとたびステージに上がると彼女はとんでもない演奏をやってのけた。

彼女は僕らとは作りが違って、音楽の本能によって最高に美しいものを切り取るのに、大変な苦労を自分に課している。
オリヴィエ・ベラミー著/藤本優子訳「マルタ・アルゲリッチ 子供と魔法」(音楽之友社)P191

さすがのデュトワにもマルタの才能をきちんと説明できる手はなかったらしい。彼の言葉通り「作りが違っている」のである。

ショパン:
・ピアノ協奏曲第1番ホ短調作品11
・ピアノ協奏曲第2番ヘ短調作品21
マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)
シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団(1998.10録音)

ショパンの若書きの2つの協奏曲が端整に鳴り響く。ヘ短調の方の、終楽章アレグロ・ヴィヴァーチェの確信に満ちた音楽は、それこそマルタの成せる魔法だろうが、19歳のショパンの喜怒哀楽錯綜する感情のすべてを綴るよう。

わたしは手がかかるわよ。大変な数の依頼や勧誘があるけれど、わたしは絶対に返事を出さない。契約書にも決してサインをしない。キャンセルもしょっちゅうよ。
~同上書P284-285

アルゲリッチは自由だ。それゆえにか彼女の音楽はどんなときも飛翔する。

 

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2 COMMENTS

雅之

色々と、ファム・ファタールの話題は尽きませんね(笑)。まあ、我々男って、そんなものですね、弱い生き物です(笑)。

ところで、アルゲリッチとデュトワの結婚生活は、デュトワがチョン・キョンファと浮気したことにより終わったという話は本当でしょうか。

アルゲリッチの話からまた逸れますが、多感な時期から今日まで、ずっとチョン・キョンファの実演を聴く機会がなく、その演奏に入れ込まなくて本当にラッキーだったというのが今の私の本音です。

理由はここでは述べません。デュトワとの件とは関係ないです。

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岡本 浩和

>雅之様

チョン・キョンファとのことは事実のようです。こんな件があります。

結婚は5年間続いた。1974年、二人がカナダと日本へツアーに出たとき、マルタはシャルリーの態度に怪しいものを嗅ぎつけた。飛行機の客室に裏切りの臭いが流れた。マルタは彼を質問攻めにした。彼は疑惑をすべて否定した。オタワでの演奏会のあと、夜中になってようやく女がいると白状した。そのあともマルタは猛攻の手を休めなかった。「誰なの?」だが、シャルリーは口を閉ざし、慎重に沈黙を守った。それを知ってしまえば、もう気がすんだとばかりにあとのことは何も気にせず、演奏旅行の予定を放りだして彼女が飛びだしていくとわかっていたのだ。・・・(中略)・・・彼がかたくなに口をつぐんでいるので、マルタは荷物をあさり、ついに証拠となる手紙を手に入れた。彼の顔に結婚指輪―彼女が一生で身につけた唯一の指輪だった―を投げつけ、ヨーロッパ行きの最初の飛行機に乗った。韓国人ヴァイオリニスト、チョン・キョンファからの手紙だった。
P191-192

>その演奏に入れ込まなくて本当にラッキーだったというのが今の私の本音です。

ええー、そうなんですか!しかも理由を述べないなんて!!そんな!!
いずれお会いしたときにでもお聞かせください。

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