市川崑監督作「東京オリンピック1964」(1965)を観て思ふ

tokyo_olympiad_1964457僕には満6ヶ月頃の記憶がある。
明確な風景としてはっきりと脳裏に刻み込まれているのである。

おそらくちょうどその頃の記録。存在は知っていたが、僕は初めて観た。1965年の上映当時、「記録か芸術か」という論争を巻き起こした代物だというが、それは50余年を経た今も新しく、そして感動を喚起する。これは間違いなく記録でもあり、また芸術でもあろう。

画面に映る日本人の歓喜し、興奮する姿を見て、鼓舞されるのは僕だけか?
競技風景はもちろんのこと、選手村の様子や当時の街並み、そして応援する人々の姿など、現代では当たり前の手法を駆使したドキュメンタリー映画を当時の人々はどう観たのだろう?これほどリアルで、その上、選手それぞれの内面までをも見透かすような作品はなかなかないのでは?
周回遅れのトラックをひとり懸命に走る選手に対して場内から湧き上がる大きな拍手には、日本人のうちにある慈愛が投影される。そしてそこには若き王や長嶋の姿も見えるのだ。
あの頃の、素朴で前向きな日本人のすべてが映し出されるよう。

そして、僕は、チェコのベラ・チャスラフスカ選手の美しい平均台の演技を観て、その4年後のメキシコ五輪の際の彼女にまつわる有名なエピソード―そう、ちょうど「プラハの春」におけるソビエト軍の軍事介入、プラハ侵攻に抗議すべく金メダルを獲得したソビエト選手の国旗掲揚に対し顔を背けたというあのエピソードを思い出した。
世界が一丸となって平和を願う祭典の裏側で起こっていた、冷戦とはいえ人類滅亡の危機を孕んだ一触即発の戦いの悲惨さ。
(先日放映されたNHK「新映像の世紀第5集」で)彼女の曇った顔を初めて観た時に感じた深い悲しみと抵抗。一方で、(その4年前だが)平均台の上で舞う可憐な女性から発散される喜びと調和。スポーツと政治をまさに一緒くたにしてしまった人間の、否、権力者の愚かさ。

人間の内にある光と闇を同時に見せられるかのような錯覚。
なるほど、ある一点を切り取り、編集した記録映画の限界を感じなくもない。そう考えると真に恐ろしい。それぞれの内側にそれぞれの出来事があり、そのすべては現出しないのである。何においても、僕たちはその背景、裏側についても(全体観をもって)もっと知らねばならない。

・長編記録映画「東京オリンピック1964」
総監修:市川崑
プロデューサー:田口助太郎
脚本:和田夏十/白坂依志夫/谷川俊太郎/市川崑
技術監督:碧川道夫
音楽監督:黛敏郎
美術監督:亀倉雄策
録音監督:井上俊彦
編集:江原義夫
撮影:林田重男/宮川一夫/長野重一/中村謹司/田中正
企画・監修:オリンピック東京大会組織委員会
製作:東京オリンピック映画協会

tokyo_olympiad_1964_soundtrack_toshiro_mayuzumi458ところで、この映画のサウンドトラックは黛敏郎によるものである。ここでの彼の音楽はどれもがサスペンス風で暗鬱とした雰囲気を醸す。しかしながら、その音調がまた映画の奥深さとドキュメント性に花を添える。

・黛敏郎:「東京オリンピック1964」ザ・オリジナル・サウンドトラック・アルバム
黛敏郎指揮読売日本交響楽団

何と興味深い!「鉄棒」シーンの音楽には、ムソルグスキー「展覧会の絵」の「バーバ・ヤーガの小屋」が木魂する。あるいは、「50km競歩」のBGMはソビエト社会主義リアリズム風。黛は、明らかにショスタコーヴィチやプロコフィエフの影響を受けているのだ。

冒頭、大きな太陽をバックに鳴る女声ヴォカリーズによる「原爆の余波」の哀感美は黛敏郎の真骨頂。

 

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4 COMMENTS

雅之

黛敏郎は、邦画で傑作を多く書いていますよね。私は、モーツァルト風な、小津安二郎 「お早よう」のテーマ音楽などもユーモアがたっぷりあって好きです。

岡本様が生まれた1964年は、東京オリンピックとともに、東海道新幹線が開業された記念すべき年でもありますよね。ちなみに、私が生まれた2年前に試作車が完成しています。

新幹線1000形電車

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E5%B9%B9%E7%B7%9A1000%E5%BD%A2%E9%9B%BB%E8%BB%8A

零戦の技術が生かされていたんですよね。

https://www.youtube.com/watch?v=T28Qjre5IeE

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岡本 浩和

>雅之様

おっしゃるとおり黛さんの映画音楽はどれも絶品だと僕も思います。
それと、テレ朝系の「スポーツ・ニュースのための音楽」は本当に懐かしいです。
ナイター中継やプロレスをつい思い出してしまいます。名曲ですね。

そうそう、新幹線もそうでした。
鉄ヲタでないのでシンパシーは感じませんが・・・(笑)。

返信する
岡本 浩和

>雅之様

すいません、訂正させていただきます。
テレ朝系ではなくNTV系列でした。「題名のない音楽会」がテレ朝だったのでてっきり勘違いです。

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