ワルター指揮コロンビア響のハイドン交響曲第88番&第100番(1961.3録音)を聴いて思ふ

haydn_88_100_walter_1961497これは教養ある耳にもわかりにくい。
「作曲家別名曲解説ライブラリー26 ハイドン」(音楽之友社)P15

ハイドンの1760年代末の自筆譜にあるメモ書きである。彼の人生はエステルハージ家に奉仕しつつ自身の芸術をより練磨するという挑戦に満ちたものだったよう。

どんなことでも最初にそれを始めた人の発想に畏れ入る。
おそらくそれは勇気のいることであろう。もちろん当人には勇気などという概念はない。なぜなら「そうすること」が当たり前の事実だろうから。

余裕のある、時間の流れのゆったりした優雅なひととき。
時に豪快な、時に可憐な主部に入る前に、心の準備をせよとばかりに柔らかで美しい序奏を付けることを考え出したのはヨーゼフ・ハイドンだという。一瞬の間をおいて空気まで変えるその一点の機微。天才だ。

ハイドン:
・交響曲第88番ト長調Hob.I:88「V字」(1961.3.4&8録音)
・交響曲第100番ト長調Hob.I:100「軍隊」(1961.3.2&4録音)
ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団

最晩年のワルターの澄み渡った精神を映す至純の響き。重厚さと軽快さが同居する唯一無二の不滅の名演。ひょっとすると第88番などはほかにもっと雄渾で堂々たる演奏があるかもしれない。それでも僕は、ワルターのこの女性的なハイドンを好む(個人的な思い入れ以外の何者でもないけれど)。

ところで、ワルターが宇野功芳さんに送った手紙の一節が興味深い。
大指揮者の肉声はいちいち重い。

ご存知のとおり、哲学の歴史の形而上学的な部分において、「永遠」以上に深遠な努力の対象になっているものは存在しません。人間の最も聖なる願望はその知性と相まって、それにまつわる問題に光を当てるための努力を先史時代より重ねてきました。私があなたにお勧めできることは、日本の格言を学びなさいということ、それだけです。それがあなたの魂を捉えて離さない質問に取り組む方法を導いてくれるでしょう。
(1958年12月11日付)
宇野功芳編集長の本「没後50年記念ブルーノ・ワルター」(音楽之友社)P15

古典に触れよと。
古より引き継がれる言葉にこそ答があるのである。
それは音楽についても同様。

ファウスト 俺という存在はいったい何なのだ
俺のうちのすべての官能がそれを目指し殺到する
人性の極限を手にすることができないのならば?
メフィスト あなたは結局の所―あなたなのですよ。
幾百万の巻き毛で飾られたかつらを頭に載せようとも
何尺ある高下駄をはこうとも
あなたはやはり相変わらずのあなたなのです。
柴田翔訳「ゲーテ ファウスト(上)」(講談社)P126

残された音楽の缶詰を聴いて思う。有限の中に閉じ込められたゆえ音楽は永遠になったのだと。
あなた(あるいは私も)自身が永遠であることを知るべし。

 

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2 COMMENTS

雅之

>あなた(あるいは私も)自身が永遠であることを知るべし。

ご紹介の録音と同年(1961年)に撮影された、小津安二郎(監督, 脚本)の映画、「小早川家の秋」

http://www.amazon.co.jp/%E5%B0%8F%E6%97%A9%E5%B7%9D%E5%AE%B6%E3%81%AE%E7%A7%8B-DVD-%E4%B8%AD%E6%9D%91%E9%B4%88%E6%B2%BB%E9%83%8E/dp/B0000ZP474/ref=sr_1_1?s=dvd&ie=UTF8&qid=1459935923&sr=1-1&keywords=%E5%B0%8F%E6%97%A9%E5%B7%9D%E5%AE%B6%E3%81%AE%E7%A7%8B

に、主人公の「お父ちゃん」」(二代目・中村鴈治郎)が急死し、火葬場の煙突から立ち上る煙を偶々近くの川で農機具を洗っていた笠智衆と望月優子の夫婦に見上げさせ、笠「人間は死んでも、後から後からせんぐりせんぐり生まれてくる、ようできとるもんだ」妻「そやなあ、よう出来とるわ」と言わせた印象深いシーンがありました。

その、「後から後からせんぐりせんぐり生まれてきた」ひとりが、翌年生を受けた私です。

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岡本 浩和

>雅之様

いつも以上に何だか切なく感傷的になります。
「せんぐりせんぐり」というニュアンスが堪りません。
ありがとうございます。

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