フリッチャイ指揮ベルリン放送響の「ドン・ジョヴァンニ」(1958.9&10録音)を聴いて思ふ

mozart_don_giovanni_fricsay因果応報の物語である「ドン・ジョヴァンニ」。
また、現実世界が結局は茶番であることを示す「コジ・ファン・トゥッテ」。
楽聖ベートーヴェンが一蹴に付したというこれらの歌劇には、実は深い意味合いが含まれているのではないかと空想した。
何せそういうベートーヴェン自身の死に際の言葉が、「喝采を、諸君、芝居は終わった!」というのだから真に興味深い。この際台本の問題は横に置こう。何よりモーツァルトの音楽の言語を絶する美しさ。
そして、モーツァルトは最期の「魔笛」において、いよいよ光に導かれ、二元世界を超える様、その奥義を描くのだ。

古今東西、歴史に名を残す芸術家などというのはおそらく人間ではなかろう。
極端な話、自分の意志ではなく、天意によって書かされていると言っても言い過ぎではない。だからこそ彼らの作品や言葉は時に常人の理解を超えたものになるのである。
父レオポルトの死の直前、31歳のモーツァルトの父宛手紙など最たるもの。

死は(まともに考えれば)ぼくらの生の真の最終目標ですから、ぼくは数年このかた、この人間の真の最上の友にとても馴れ親しんでしまいました。そのため、死の姿はぼくにとって少しも恐ろしいものではなく、むしろ多くの安らぎと慰めを与えるものとなっています!
(1787年4月4日付、レオポルト宛)
高橋英郎著「モーツァルトの手紙」(小学館)P367

なるほど、モーツァルトもベートーヴェン同様「世界が幻想であり、茶番であること」がわかっていたのだろう。
そしてまた彼は、奥義によって因果応報の世界から抜け出せることも知っていたのかもしれない。

「ドン・ジョヴァンニ」の完成は、1787年10月28日。
また、「コジ・ファン・トゥッテ」の完成は、1790年1月。
1787年5月の父の死以後のモーツァルトの魂の飛翔は、僕たちの常識を超える。

・モーツァルト:歌劇「ドン・ジョヴァンニ」K.527
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(ドン・ジョヴァンニ、バリトン)
セーナ・ユリナッチ(ドンナ・アンナ、ソプラノ)
マリア・シュターダー(ドンナ・エルヴィラ、ソプラノ)
エルンスト・ヘフリガー(ドン・オッターヴィオ、テノール)
カール・クリスティアン・コーン(レポレロ、バス)
イルムガルト・ゼーフリート(ツェルリーナ、ソプラノ)
イヴァン・サルディ(マゼット、バス)
ヴァルター・クレッペル(騎士長、バス)
RIAS室内合唱団
フェレンツ・フリッチャイ指揮ベルリン放送交響楽団(1958.9&10録音)

幕が上がってすぐの騎士長の死。
この作品は、どの瞬間も死という概念がまとわりつくが、なるほど、モーツァルトが「ドン・ジョヴァンニ」で描く死に恐怖はない。
飛ぶ鳥を落とす勢いの頃のフェレンツ・フリッチャイの指揮は明朗だ。
そして、彼が再現するモーツァルトの音楽も、フルトヴェングラーのようなデモーニッシュな色合いはとり除かれ、あくまで明朗かつ端整に音を響かせ、それこそ死がとても肯定的なものとして現出する。ここで一役買っているのがもちろんディースカウだ。どのアリアをとっても、どうにもドン・ジョヴァンニらしくない理知的で冷静な声。それこそ「現実世界が茶番である」ことを示す如し。

最愛、最上の友よ!
ぼくの手紙をお受け取りのことと思う。10月29日にぼくのオペラ「ドン・ジョヴァンニ」が上演された。しかも大変な喝采を受けて。昨日4回目の(しかも収入はぼくがもらえる)上演がなされた。12日か13日にここを発とうと考えている。帰ったらすぐに例のアーリアをすぐ歌えるように、お渡ししよう―だが、これはぼくたち二人だけの話。ぼくは親しい友人(特にブリーディと君)が、たったひと晩でもここへ来て、ぼくの喜びを分かちあってくれたら、どんなに嬉しいことだろうと思う!もしかしたらヴィーンでもやはり上演されるかも知れない。それを願っている。ここの人たちは、いろいろ手を尽くしてぼくを説得し、あと数ヶ月もここに滞在して、オペラをもう一曲書かせようとする。しかしその申し出は、ぼくにとってどんなに嬉しいことにしろ、引き受けるわけにはいかない。
(1787年11月4日付、フォン・ジャカン宛)
柴田治三郎編訳「モーツァルトの手紙(下)」(岩波文庫)P133-134

プラハでのモーツァルトの人気の凄まじさが伝わる。
こういう手紙を読むと、モーツァルトも人間だったのだと思えるのだが・・・。

 

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