「20世紀の偉大な指揮者たち―ラファエル・クーベリック」を聴いて思ふ

great_conductors_kubelikとても誠実な音楽。
時間と空間を超え、いつの時代のどんな音楽についても、彼の指揮には一本筋が通る。
それをたった一言「誠実」という単語で括るのはとても乱暴だとは思ったが、「20世紀の偉大な指揮者たち」という2枚の編集盤を聴いて率直にそう感じたのだから仕方ない。
何より音楽に対する愛。どの瞬間からも一期一会的に対峙する美しさが漲るのである。

ところで、かつて吉田秀和さんは彼に関して次のような評を書いておられ、なるほどうまい言い方だと納得した。

私がこの人で特に好きな点、特に尊重している点は、いつも、何を振っても、彼自身でいるというところである。というと恐ろしくエキセントリックな人物と思われるかもしれないが、そういう意味ではない。どんな時でも、ハッタリがなく、自分を偽り、自分を隠して自分以外のものになろうとか、あるいは無理に背伸びして自分以上のものになろうなどとしない、という意味である。これは、どんな名指揮者にもいつもみられるとは限らない美徳である。いたずらな虚栄心をもたない人だといってもよいのかもしれない(もちろん、彼ほどの国際的に知名な芸術家で、ことには指揮者という仕事のうえからいっても、まったく虚栄心がないとかいうのは、まちがいにきまっている。それでは聖者になってしまう。だが、たとえば、日本の若いヴァイオリニストの塩川悠子にストラディヴァリの名器をよろこんで貸し与えているなどという挿話の中にも、この人の私心の少ない人柄、好きを好きと認める心の働きが率直に出ているように思えるのである)。
「吉田秀和全集5 指揮者について」(白水社)P236

おそらく人間としていろいろな意味で余裕のある人で、その意味では世渡りは多少下手だったのかもしれないが(否、世界の錚々たるオーケストラを見事に切り盛りしていることを考えるとそんなはずはないか・・・)、やっぱり生み出す音楽そのものはまったく等身大のもので、結果、年齢を重ねるごとにその音楽は深みを帯びていったのだと僕は思う。

20世紀の偉大な指揮者たち―ラファエル・クーベリック
・ドヴォルザーク:3つのスラヴ狂詩曲作品45, B86~第3番変イ長調
ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団(1959.1.24録音)
・マルティヌー:交響曲第4番H305
チェコ・フィルハーモニー管弦楽団(1948.6.10録音)
・ベルリオーズ:ファウストの劫罰作品24~第2部妖精の踊り
フィルハーモニア管弦楽団(1950.5.10録音)
・メンデルスゾーン:劇付随音楽「夏の夜の夢」作品61~序曲
フィルハーモニア管弦楽団(1952.2.16-17録音)
・ヒンデミット:ウェーバーの主題による交響的変容
シカゴ交響楽団(1953.4.3録音)
・シューマン:歌劇「ゲノフェーファ」作品81~序曲
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1964.9.10録音)
・シューベルト:交響曲第3番ニ長調D.200
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1960.1.11-14録音)
・マーラー:交響曲第10番嬰へ短調~アダージョ
バイエルン放送交響楽団(1968.4.16-17録音)
・ヤナーチェク:シンフォニエッタ
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1955.3.8-9録音)

どの録音も間違いなく素晴らしい。
ボフスラフ・マルティヌーの激しく内燃する音楽の厳しさと、その傍らに現れる美しさの表現は、同郷であるがゆえの共感に溢れるもの。あるいはヤナーチェクに響く土俗的な音にも近しいそれを思う。しかし、それ以上に見事なのがシューマンの「ゲノフェーファ」序曲であり、あるいはヒンデミットの「交響的変容」なのである。

既に精神を病んでいたロベルト・シューマンの闇の部分を誠実に描く「ゲノフェーファ」序曲の、聴く者までを闇の深淵に招き入れるが如くの不安と恐怖。しかしながら、揺れ動くこの不安定さこそシューマンの神髄であり、こういうものを正面から享受できない限り彼の音楽はわかるまい。その意味でクーベリックは、明確に真正面からシューマンに対峙し、いわば聴衆に負を分かち合うことで音楽を一層有機的なものに仕上げている。
僕の脳内には、終幕ゲノフェーファの神への祈りの言葉が騒ぐ。

あなたは人々を、苦難を経た上で至福に導きます!
愛の源、私の拠りどころ、私はあなたを信じます!
(対訳:三ヶ尻正)

そして、パウル・ヒンデミットの「交響的変容」から湧き立つ強烈なパッション!
例えば、第2楽章の畳み掛ける音の塊の壮絶なエネルギーはこの時代のクーベリックならでは。一方、第3楽章アンダンティーノに現れるフルートの静かで愛らしい旋律の妙。
まさに「木も見て森も見る」的演奏に感嘆。

 

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4 COMMENTS

雅之

岡本様はクーベリックを採り上げることが少ないので、興味が無いんだなと、ずっと信じていました(笑)。

この指揮者も、少なくともライヴ録音抜きで語れないですよね。時にセッション録音から豹変して燃え上がっていますので。

あと、岡本様が興味が無さそうな巨匠指揮者は、差し詰め、残り、テンシュテット、ハイティンク、マゼール、ブロムシュテット・・・あたりですかね?(笑)

返信する
岡本 浩和

>雅之様

興味がないのではなくて、ほとんど知らないというのが正直なところです。
それこそ長い間、ものすごく偏った聴き方をしていましたから・・・。
クーベリックもライブ録音抜きに語れないのは知っておりますが、ほとんどきちんと聴いておりません。
テンシュテット以下も同じくです。
ちなみに、ハイティンクとブロムシュテットに関しては実演でも何度か聴いているのですが、音盤を収集して聴くまでには至りませんでした。
せっかくのこういうご指摘なので、あらためてちゃんと聴くよう心掛けます。

そういえば、確か雅之さんが名古屋に帰られる前にテンシュテットの「ジュピター」だったか壮絶なライブ盤をお借りしましたね!あれは素晴らしかったです。

返信する
みどり

岡本様

ご無沙汰しております。

相変わらずのご健筆、有り難く頂戴しております。

ブロムシュテット、是非ともお採り上げいただきたく存じます。

ベートーヴェンの交響曲全集などから…と
素人丸出しで、お恥ずかしい限りでございます m(_ _)m

返信する
岡本 浩和

>みどり様

うわー、ご無沙汰です!お元気ですか?
ブロムシュテット、勉強させていただきます。
ベートーヴェンですね!
かしこまりました!

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