カイルベルト指揮バイエルン国立歌劇場管の「マイスタージンガー」(1963.11.23Live)を聴いて思ふ

wagner_meistersinger_keilberth神話でない、史実を基に創作された人間ドラマ。

迷いだ、迷いだ!!
どこも迷いだ。町の記録や世界の年代記に
私は目を通し原因をさがす。
なぜ世間の人は、わけもなく、
はげしい怒りにおそわれて
血を流すまでにたたかい、
苦しむのか?
何人もむくわれもせず、
感謝もされず、
逃げまわっているのに、
追いかけている気で
わが身の肉をえぐりながら、
おのれが悲鳴も耳に入らず、
楽しんでいると勘違いしている。
このありさまを何と呼ぶべきか?
昔ながらの変わらぬ迷いだ。
アッティラ・チャンバイ&ディートマル・ホラント編名作オペラブックス23「ワーグナー ニュルンベルクのマイスタージンガー」(音楽之友社)P189

第3幕第1場の内省的なハンス・ザックスのモノローグこそリヒャルト・ワーグナーの心底にあった表面化した迷いであろう。少なくとも20世紀まで、人々を真に覚醒させるために神が仕組んだものが憎しみであり嫉妬であった。もはやそれを超える時機の到来だとやっぱり思う。

楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の物語の肝は第2幕にあると確信する(同時に伏線となる大事な幕)。あらゆる感情と、人間関係の基本モデルが見事に投影された台本はもちろんのこと、その音楽の絶妙さに心動く。

悟りを得んとするザックスの、エーファへの想いに揺れながらその愛を断ち切り、身を引こうとする大人の振舞いにワーグナーは自身とは明らかに異なる理想を見出したのだろうか?

ザックス エーファよ、おまえはわしをからかっているのかい?
エーファ からかおうとしているのは、あなたの方よ。ごまかしてしまうのね。あなただって心変わりするということを白状なさるといいわ。今あなたの意中の人が誰なのか神様にしかわかりはしないわ。長年私があなたの胸の中に置かれていたのだと思ったこともあったのに。
~同上書P127

第2幕第4場でのエーファとザックスのやりとりは哀しい。
寂しさに憑かれたエーファは駆け引き好きだ。
一方、第2幕第5場でのエーファとヴァルターのやりとり。

エーファ それは大きなまちがいです。この私の手が賞を渡すのです。私の心はあなたの功を賞でて、あなたにだけ小枝を捧げようとしているのです。
ヴァルター いいえ、ちがいます。あなたの手は、まだ誰ときまっていないのです。お父上の意志に結ばれているのですから、私には失われたも同然です。
~同上書P135

密かな濃密な愛の表現こそワーグナーの真骨頂。ここでのジェス・トーマスの色気のある歌唱は群を抜く。

・ワーグナー:楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」
オットー・ヴィーナー(ハンス・ザックス、バス)
ジェス・トーマス(ヴァルター・フォン・シュトルツィング、テノール)
フリードリヒ・レンツ(ダーヴィト、テノール)
クレア・ワトソン(エーファ、ソプラノ)
リリアン・ベニングセン(マクダレーネ、アルト)
ハンス・ホッター(ファイト・ポーグナー、バス)
デイヴィッド・ソー(毛皮屋クンツ・フォーゲルゲザング、テノール)
カール・ホッペ(ブリキ屋コンラート・ナハティガル、バス)
ベンノ・クッシェ(ジクストゥス・ベックメッサー、バリトン)
ヨーゼフ・メッテルニッヒ(フリッツ・コートナー、バス)
ヴァルター・カールノート(錫細工師バルタザル・ツォルン、テノール)
フランツ・クラールヴァイン(香料屋ウルリヒ・アイスリンガー、テノール)
カール・オステルターク(仕立て屋アウグスティン・モーザー、テノール)
アドルフ・カイル(石鹸屋ヘルマン・オルテル、バス)
ゲオルク・ヴィーター(靴下屋ハンス・シュヴァルツ、バス)
マックス・プレープストル(銅細工師ハンス・フォルツ、バス)
ハンス・ブルーノ・エルンスト(夜警、バス)
バイエルン国立歌劇場合唱団
ヨーゼフ・カイルベルト指揮バイエルン国立歌劇場管弦楽団(1963.11.23Live)

そして、第2幕第6場でのベックメッサーを貶めるザックスの機転と、エーファへの愛の心情の入り乱れた心の描写こそ「マイスタージンガー」のひとつの頂点。
オットー・ヴィーナーが巧い。

エーファよ、私のなげきをきけよ!
この苦しみと悩みをきけよ!
靴屋の作った芸術品を、
世の人はそれを足で踏む。
同じ仕事を課せられた
天使が私をなくさめて、
たまには楽園に呼んで下さらないと、
靴屋の仕事をやめてしまおう!
だが天国に置いて下されば、
世界はわしの足もとにあり、
安んじて
ハンス・ザックスは
靴屋で詩人でおりましょう。
~同上書P147

何とアイロニカルな歌。愉悦的外面の背面に流れる悲哀の表情が堪らない。
「マイスタージンガー」は「ドン・ジョヴァンニ」同様、人間心理を見事に描き出したドラマである。そしてまた、そのドラマをカイルベルトは丁寧に紡ぎ、しかも心を込めて歌う。
1963年11月23日の、バイエルン国立歌劇場の再建記念公演の実況録音。
音楽は熱く、そして生々しい。

 

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2 COMMENTS

雅之

空襲で焼失した20年後に再建された、バイエルン国立歌劇場再建記念公演でしたよね。
この演奏の録音にはとても感動した思い出があります。

>(1963.11.23Live)

おお!! まさに「勤労感謝の日」にふさわしい名曲と名演ではありませんか!(笑)

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岡本 浩和

>雅之様

これは本当に素晴らしい録音だと思います。

>まさに「勤労感謝の日」にふさわしい名曲と名演

ですね!!
当時僕は母のお腹の中にいました。

返信する

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