The Who “Quadrophenia”(2011 Deluxe Edition)を聴いて思ふ

the_who_quadrophenia_deluxe_edition646世界は自分の分身だ。
本来愛には表も裏もないが、この二元の世の中で生きている以上、僕たちは愛の裏側にある憎悪というものを知らねばならない(裏側に憎しみがあるならその愛は偽物であり、そしてそれは人間の思考の産物だ)。

愛だけが
雨を降らせられる。
愛だけが
雨をもたらす。
~”Love Reign O’er Me”(愛の支配)
(訳:菅野ヘッケル)

長引く鬱陶しい雨も慈雨のように思われた。
おそらく昼夜の中庸点を超えたとき、世界はまたひとつ変革の階段を昇るのだろう。
喜びに満ちる、愛に溢れる世界の到来だ。

ピート・タウンゼントは、「この世界のすべてに見下され、見限られた人間が感じるこの上ない悲哀を表現する」ために”Love Reign O‘er Me”を書いたと言う。そして、自身のテーマであるこの曲はまた「物乞いと偽善者」を意味するのだと。歌というものが、音楽というものが極めて個人的な見解から生み出されるものであることを、さらにそれが世間に放たれた瞬間に普遍的なものになるのだと再確認する。なるほど、人間はやっぱり利己的な生き物だ。そう容易には超えられまい。

ピートは続ける。

スタジオでこれを歌うロジャー・ダルトリーのあの独特の叫びを聴いたとき、そこにさまざまな思いが込められていたことに気付いた。激しい怒り、挫折感、救いようのない悲しみ、自己憐憫、孤独、自暴自棄、絶望、失恋、幼年期の喪失といったものである。
~UICY-10025/6ライナーノーツ

個人的な悲しみで済むならまだ良い。しかしそういう悲哀が発火し、狂気と化したときに世界はどうなるのか?人類の戦争の歴史は(偽善の裏から生じた)悲しみから始まったことといえないのか?
アルバムのラストに置かれた”Love Reign O’er Me”(愛の支配)がすべてを包み込む。
最後に慈雨が降り注ぐ。

The Who:Quadrophenia (2011 Deluxe Edition)

Personnel
John Entwistle (bass, horns, vocals)
Roger Daltrey (lead vocals)
Keith Moon (percussion, vocals)
Pete Townshend (remainder)

30余年前、初めてこの作品を聴いたとき衝撃が走った。
キースのテーマである”Bell Boy”、ジョンのテーマである”Is It Me?”、そしてロジャーのテーマである”Helpless Dancer”、さらにピートのテーマである”Love Reign O’er Me”が順に奏される”Quadrophenia”の奇蹟!
そして、まるでアンコールたる”Love Reign O’er Me”(愛の支配)の直前、4つのテーマが再演され美しくひとつとなり、昇華される”The Rock”の恍惚!
”Quadrophenia”(四重人格)は、ザ・フーの最高傑作というだけでなく、ロック史上十 指に入る傑作だと僕は思う。スタートはあくまでピート・タウンゼント個人の私小説であるものの、しかしピートはそれを単に個人的なものに終らせず、メン バーのエネルギーと同期させつつ、その上世界を同化させるほどの波動を刻み込む。

ところで、Deluxe Editionに収録される、ピート・タウンゼントによるデモ音源は、もうひとつの、否、「四重人格」の真実だ。ためしに” Love Reign O‘er Me”をロジャーのリード・ヴォーカルによるそれと比較してみるが良い。ここには一層冷たいと悲しみと、心底から絞り出す慟哭の叫びが自ずとある。そう、確かに「激しい怒り、挫折感、救いようのない悲しみ、自己憐憫、孤独、自暴自棄、絶望、失恋、幼年期の喪失」があるのだ。
ちなみに、最終的にアルバム収録から外された”Anymore”のあまりの美しさ!

これは不幸な運命なのか
この世界が現実味を失い
やがて存在しなくなると
僕も消えてしまうのか

夢の中に 憧れの人がいる
彼は本当に存在しているのか
僕が死んだら
その人もいなくなるのか
(聴き取り及び対訳:狩野ハイディ・若月眞人)

厭世的な歌詞の中に見る「自他同一性」の夢想。
世界はいよいよ2016年の秋分を迎える。

 

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