ピアーズ&ブリテンのシューベルト「冬の旅」(1963.10録音)を聴いて思ふ

britten_complete_decca_recordings633ピーター・ピアーズの歌う「冬の旅」を聴いて、この人の感情表現豊かな面、それでいて遠慮がちに滅多に本音は語らないのであろう謙虚さを思った。声質は極めて清澄で深い。特に、声を張り上げる箇所における慟哭にも似た思いの丈を振り絞る歌に感動する。
そして、控えめでありながらやはり主張をもって伴奏に徹するベンジャミン・ブリテンのピアノの美しさ。ピアニスト、ブリテンの節回しの巧さ、表情付けの確かさに感嘆する。

ヘテロであろうとホモであろうと、対人間の愛という意味では同質。否、そういう意味ではホモ・セクシャルの方が余程愛情は深いのかもしれぬ。
体調思わしくなく、入院したブリテンの手紙から、ピアーズなくして自分はなく、何とかピアーズのために尽くしたいと念ずる思いが伝わる。

ここ数年、本当にきみの足手まといになって済まない・・・そうは見えないかもしれないが、きみが何を考え、何を感じるかは、本当にぼくの人生で何より大切なことなのだ。きみと生涯を共にしているのは信じられないことだ。・・・(中略)・・・何をこんなに喋り立てているかというと―ただ、きみの復活祭の予定を台無しにしたことが本当に申し訳なく&ぼくがきみを愛していることを君がわかってくれると確かにしたいがためだ。
(1966年4月3日付、ピーター・ピアーズ宛)
デイヴィッド・マシューズ著/中村ひろ子訳「ベンジャミン・ブリテン」(春秋社)P186

なるほど、人生の中心たる二人の関係であればこそ「冬の旅」には、哀しげな音楽の内側に、共に演奏できる喜びが溢れるのだ。逆もまた真なり。表面上明るく振舞おうとしても、つい関係を表ざたにできない苦悩があった。二人の「冬の旅」の何とも表現し難い不思議な明るさはそのことに依るのであろう。

・シューベルト:連作歌曲集「冬の旅」D911
ピーター・ピアーズ(テノール)
ベンジャミン・ブリテン(ピアノ)(1963.10.6-21録音)

同性愛者の、当時の立場は決して楽観的なものではなかった。下手をすれば逮捕された時代である。その切なさ、あるいは抑圧の風景が彼らの録音には常時横溢する。
ところで、同性愛者であった国文学者折口信夫の大正4年(1915年)4月21日の日記には次のようにあり、実に興味深い。

昨日でちようど、上京一年になるのだ相だ。徳ちやんがそういうたので、はじめて気がついた。べつにたいした感じもおこらない。たつて考へると、なんだか心のどんぞこまで、腐つてしまうたやうな気持ちがする。新しい히거にも逢著した。それが더세に対してであった。
つた。そうして肉体的には成功することは出来さうで、精神的には悲観すべきなからひにある。
北嶋廣敏著「結婚しなかった男たち―世界独身者列伝」(太陽企画出版)P208

ハングルの前者は「恋」を、後者は「生と」を意味するのだと。確かに危ない。こういう危うさがひょっとすると芸術をより昇華させるのかもしれないとふと思った。

第21曲「宿屋」の安らかで静かな美しさ。ピアーズは泣く。
また、第23曲「3つの太陽」にある聖なる響き。ここではブリテンのピアノが愛おしい。
そして、終曲「辻音楽師」の思わせぶりで恍惚のピアノ前奏に導かれ、ピアーズが語るように歌う旋律は無表情の恐ろしさを持つ。

秋空優しいこの頃、「冬の旅」が妙に似つかわしい。

 

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