アバド指揮ベルリン・フィルの「詩人ヘルダーリンに触発された音楽」(1993.2Live)を聴いて思ふ

ブラームスがこの詩を合唱とオーケストラのための曲に仕立てており、それは必ずしも詩の心を正しく捉えたとはいえない音楽になっているけれども、初めの「ゆっくりと、あこがれ心地」のテンポが、終節に到って爆発的なアレグロに転ずる所は、やはり強い衝撃力を孕んでいる。
川村二郎訳「ヘルダーリン詩集」(岩波文庫)P222-223

川村二郎氏は、ヘルダーリンの「ヒュペーリオンの運命の歌」に曲を付したブラームスの「運命の歌」に対し、かような厳しい言を呈するが、僕にはそうとは思えない。

光の中 空高く
しなやかな床に歩を運ぶ 浄福の霊たちよ!
きらめく神の微風は
霊たちへ 軽やかにそよぐ
楽を奏でる乙女の指が
神聖な絃に触れるように。
~同上書P28

ヒュペーリオンの愛と戦争の物語を指して、「詩の心を正しく捉えていない」と川村は分析するのだろうが、その直前の不和がどうにか避けられ、当時のブラームスの心中にあったクララへの愛の炎と、同じくクララの内にも秘められた同様の想いが直接的に交わることを知るにつけ、やはり付けられた音楽の素晴らしさに驚嘆の念を感じずにいられない。
1868年10月、クララに宛てヨハネスは次のように送る。

あなたの手紙には真実がたくさんにあった。手紙全部が真実だと言ってもよいと、私は今後、悔いと嘆きのうちに申し上げます。同時にまた、歓喜と感動のうちに。なんとよいお手紙だったか!あなたのように天使のような心を持ったかたなればこそ書いてくださったことを悟りました。どうか私の感謝をお受けください。
ベルトルト・リッツマン編/原田光子編訳「クララ・シューマン×ヨハネス・ブラームス友情の書簡」(みすず書房)P186

対して、クララは次のような返信を送った。浮沈あれど、二人の愛は不滅だ。

私を心から喜ばせたお手紙に一言ご返事を書こうとしているところに、ご親切な思いがけない贈り物が届きましたので、音楽によるあなたのご挨拶にも心からの握手をお送りして、感謝いたします。
(1868年10月24日付、クララからヨハネス宛)
~同上書P187

そう、ヘルダーリンの言葉に間違いなくブラームスは感応するのだ。

運命にかかわりなく 天上の者らは
眠る乳呑児のように息づく。
ささやかな蕾のうちに
清らかに守られて
永遠に花咲く
天上の者らの精神は。
川村二郎訳「ヘルダーリン詩集」(岩波文庫)P28-29

いつになく清澄で神聖な音楽は、アバドの棒により虚ろな美しさを創出する。
クラウディオ・アバドのプログラミングの素晴らしさ。ベートーヴェンと同年生まれのフリードリヒ・ヘルダーリンを主題にしての演奏会の実況。後期ロマン派の浪漫、20世紀音楽の内なる退廃、そして、現代音楽の先鋭に包まれ、僕たちに内なる歓喜を呼び覚ます。

詩人フリードリヒ・ヘルダーリンに触発された音楽
・ブラームス:合唱と管弦楽のための「運命の歌」作品54
・リヒャルト・シュトラウス:ソプラノと管弦楽のための「3つの讃歌」作品71
・レーガー:ソプラノと管弦楽のための「希望に寄す」作品124
・リーム:バリトンと管弦楽のための「ヘルダーリン断章」(1977年版)
カリタ・マッティラ(ソプラノ)
ヨハネス・M・ケルスター(バリトン)
ライプツィヒ中部ドイツ放送合唱団
クラウディオ・アバド指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1993.2.26-28Live)

不穏で妖艶な音調を示すマックス・レーガーの「希望に寄す」こそアバドの真骨頂。管弦楽の暗鬱な表情とマッティラの深く芯の強い声に音楽の深淵を垣間見る。

おお希望よ! 優しき者! 善き仕事に励む者よ!

そして、リームの断章においては、ケルスターの慄く声が音楽に一層の緊張感をもたらす。
それぞれの作曲家が見たヘルダーリンの詩に普遍を思う。

 

ブログ・ランキングに参加しています。下のバナーを1クリック応援よろしくお願いいたします。


音楽(全般) ブログランキングへ

にほんブログ村 クラシックブログへ
にほんブログ村


2 COMMENTS

雅之

手紙のやり取りって味わい深くていいですよね。直筆で、しかも届くまでのタイムラグがあって・・・。

今じゃ作曲だって手書きじゃなくて楽譜浄書ソフトの時代ですが、果たしてこれでよいのでしょうか・・・。

いや、待てよ。意外に、潔癖症なブラームスは、あの時代にこんなのあったら喜んだかも・・・。

https://japan.steinberg.net/jp/products/dorico/what_is_dorico.html

返信する
岡本 浩和

>雅之様

何事もアナログが味があって良いですよね。
楽譜もやっぱり手書きでしょうね。
乱筆なんかがまた誤解を呼んで、様々な解釈が生れるところが乙だと思います。

>意外に、潔癖症なブラームスは、あの時代にこんなのあったら喜んだかも・・・。

その可能性も無きにしも非ずですか・・・。

返信する

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

アレグロ・コン・ブリオをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む