コンクール

kyung_wha_french.jpg「ラヴェル~生涯と作品(アービー・オレンシュタイン著)」が面白い。彼の激動の生涯を極めて簡潔にまとめているゆえ、詳細な研究をしようと考える諸氏には不向きかもしれないが、ラヴェル自身の手紙や同時代の著名人(例えば、ロマン・ローランなど)のラヴェルに関する記述をふんだんに織り込み、興味深く読めるところが良い。

モーリス・ラヴェルは、当時の一流作曲家の登竜門である「ローマ賞」に何度もチャレンジし、一等賞どころが結局一度も入賞を果たせていない。最後の挑戦になった1905年には、予備審査すら落とされる始末である。これにはいろいろと裏事情があるのだが(例えば、パリ音楽院の作曲の教師であったシャルル・ルヌヴーも審査員の一人であったが、彼の弟子にすべての賞が与えられたという事実。つまり、審査員団が個人的な敵意をラヴェルに向けたということ)、ラヴェルが作曲した楽曲をよくよく公平に研究してみると、その判断は意外に正当だったということがわかるらしい。いつの時代もこういうコンクールでは、保守的な型通りの音楽が認められるようで、その時からすでにラヴェルの音楽は革新的で学術的に言えば受賞反対に値する誤りが散見されたという。前にもブログで書いたと記憶するが、1980年のショパン国際コンクールでポゴレリッチの予選落ちに講義して審査員のアルゲリッチがボイコットしたという歴史的事件を自ずと思い出したが、コンクールというのはいつの時代もそういうものなんだろう。それでも現代において、同時代のフランスの作曲家の中でもモーリス・ラヴェルがドビュッシーと並び燦然たる輝きを放っていることを考えると、「過去に倣った」安全な行いが評価されるということ自体、特に芸術的には無意味なことであることがよくわかる。そういえば、ここのところ第13回ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクールで優勝した辻井君がマスコミに連日採り上げられている。CDはもちろんのこと開催予定のコンサートが当然ながら売れまくっているということだが、こういう現象もいかがなものだろう。僕は実演どころか音盤すら聴いていないので何かを言及する資格はないが、いずれ機会をみて彼の生演奏を聴き、実際のところを耳で確かめて判断したいと思っている。ともかく一時的なものにならないことを祈るばかりだ。
ところで、前述のラヴェルの予選落ちに対して、ロマン・ローランが芸術アカデミー会長宛に送った抗議の手紙が面白い(何と冷静で的を射た見解か!)。

「・・・しかし、正義は私に言わせるのです。ラヴェルが有望な学生であるばかりでなく、彼はすでにフランス音楽を背負って立つ、数多くない若き巨匠のひとりであると。・・・ラヴェルのような独創性のある類稀な芸術家に門戸が閉ざされるならば、なぜ人がローマにある学校をなんとしても守ろうとするのか、私には理解できません。ラヴェルは国民音楽協会のコンサートで、試験で要求されるよりもはるかに重要な諸作品によって、地位を固めたのです。・・・」(1905年5月26日ロマン・ローランの手紙より)

モーリス・ラヴェルについて追求すればするほど彼の天才が手に取るようにわかり、かつ彼が残した作品のほとんどが後世に残るべき重要な遺産であることが確信できる。今月の「早わかりクラシック音楽講座」のテーマはモーリス・ラヴェル。20世紀初頭のパリ芸術界の様相は歴史的に観ても滅法面白い。これはそう簡単には料理しきれないが(涙)、ご興味ある方は残席多少あるので連絡ください。

サン=サーンス:序奏とロンド・カプリチオーソ作品28
ショーソン:詩曲作品25
サン=サーンス:ハバネラ作品83
ラヴェル:ツィガーヌ
チョン・キョンファ(ヴァイオリン)
シャルル・デュトワ指揮ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団

ここに若きチョン・キョンファが録音したフランス音楽集の音盤がある。保守派であったサン=サーンスやショーソンの作品に並び、優るとも劣らず一際異彩を放つ音楽がある。それがラヴェルの「ツィガーヌ」である。ともかくこれほど斬新で感動的な音楽はない。10年ほど前の来日リサイタルでチョンはイタマル・ゴランの伴奏で「ツィガーヌ」を披露してくれたが、その時の演奏も作曲者の魂が乗り移ったような身震いするほどのものだった。チョン・キョンファは引退したと噂されるが、とにかくもう一度実演を聴きたい!


5 COMMENTS

雅之

おはようございます。
音楽コンクールは、文学における、例えば「芥川賞」みたいなものですね。今年は太宰治の生誕100年で、6月19日は「桜桃忌」でしたが、太宰も村上春樹も芥川賞を取ることは出来ませんでした。だいたい芥川賞を取ってもその後パッしない作家の方が多いように思います。逆に芥川賞が取れなくても素晴らしい作品を書き続け、受賞作家より華々しい活躍を続けている作家は太宰や村上以外にも数多くいます。
プロ野球のスカウトも似たようなものです。イチローは1991年、ドラフト4位でオリックス・ブルーウェーブに入団しています。4位ですよ!プロ・スポーツ界でも、スカウトの目に留まらなかった新人が偉大な選手になる事例は枚挙に遑がありません。
ヴァン・クライバーン国際ピアノ・コンクールで優勝した辻井さんについては、目のハンディで特別扱いしたくないのであえて書きます。2007年の読売日響の定期で彼の弾くラフマニノフの協奏曲第2番を聴きました。
http://yomikyo.or.jp/2007/04/462.php
限りなく失望しました。しかし「運命が変われば、演奏が変わる」のですし、今の辻井さんは、あの時の辻井さんではないと信じたいです。また、辻井さんには、三振もするけど超特大ホームランもかっ飛ばす、失敗を恐れないスケールの大きな演奏家になって欲しいです。
チョン・キョンファ!、引退はまだ早い!チョンより5歳年上の、日本の前橋汀子も先日新譜CDを出しました!
http://www.hmv.co.jp/product/detail/3553333
買って聴いたら最高だった!音楽は昔より更に更に深くなった。また彼女の演奏会に行きたくなりました。チョン・キョンファも、本当の演奏の成熟期は、まだまだこれからだと思います。
とか何とか言いながら、本音は私、チョンの実演経験が無いから、今引退されたら困るんですよ!(爆)

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岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
文学でもスポーツでも同じですね。おっしゃるとおりです。
雅之さんは辻井君の演奏を過去に聴いてらっしゃるんですね。なるほど、「限りなく失望」ですか・・・。
>「運命が変われば、演奏が変わる」のですし、今の辻井さんは、あの時の辻井さんではないと信じたいです。
とにかく、ほとぼりが冷めたころに一度実演に触れてみます。どちらかというとコンチェルトはオケや指揮者の状態にも左右されますから、ソロリサイタルを聴いてみたいですね。
>前橋汀子!!
この音盤は未聴ですが、前橋さんのヴァイオリンもいいですよね。最高でしたか!!これは聴いてみなきゃです。
>本音は私、チョンの実演経験が無いから、今引退されたら困るんですよ!
(笑)
いや、そう思う方は世の中に五万といますから、必ず復活してくれると信じましょう!

返信する
みどり

辻井さんの演奏をいくつか確認していたところで、今頃恐縮です。

お二方は点字の楽譜をご覧になったことがあるでしょうか?
恐らく「ない」ですよね。
ご覧になったことがあったとしても読み方はご存じないでしょう?

点字の楽譜というのは五線譜を目で見るのとは全く違うのです。
音の名前、その高さや長さ、どんな臨時記号が付いているか…
それを一つずつ指で読み取って構築して行くのです。

ピアノというのは大きなスペースを必要としますから、辻井さんの
演奏を見たらわかりますよね、鍵盤を探っているのが。
指揮者を見ることすらできない。

彼はピアニストです。
才能と努力とは全く別なものであり、ハンディキャップの有無に
拘らず、この世界で挑戦することを選んだ。
失望される必要などないのです。

今度、点字の楽譜お贈りしましょうか。
楽譜の点訳をやっていたので、簡単な解説は付けられます。
資料の一つにはなるかと。

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岡本 浩和

>みどり様
おはようございます。
こんな記事のことはすっかり忘れてました(笑)

点字の楽譜は見たことないです。

>ハンディキャップの有無に
拘らず、この世界で挑戦することを選んだ。
失望される必要などないのです。

なるほど、そういえばそうですね。

>今度、点字の楽譜お贈りしましょうか。

何から何まで・・・。
では、お言葉に甘えまして。
ありがとうございます。感謝いたします。

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