朝比奈隆指揮新日本フィルのブラームス協奏曲第1番(1990.5.1Live)を聴いて思ふ

そのときの衝撃は忘れない。
杮落しからまもないオーチャードホールの乾いた音響を超え、目の前に現れたのは、ヨハネス・ブラームスの豪放磊落でありながら色艶豊かな音楽。
あらためて実況録音を聴いてみると、再現される音楽は確かにあのときの感激をそのまま伝えるものではない。しかし、それはブラームスの心を見事に捉え、尊敬を込めて表現しようとする朝比奈隆の老練の棒によるもの。
世間はバブルの最中で、今思い出しても盛況な会場において、重厚かつ浪漫溢れる「恋の音楽」はひとりひとりの聴衆の魂を釘付けにしたはず。あの最後の拍手や喝采は、まだ終演後のいわゆる「一般参賀」がなかった時代においても特別大きなもので、会場は興奮の坩堝と化していた。もはや古き良き時代。

とりわけ伊藤恵を独奏者に据えての、1990年5月のニ短調協奏曲は、本当に素晴らしかった(園田高弘との変ロ長調協奏曲の方は未だに陽の目を見ないが、圧倒的に伊藤の表現の方が優れていたように僕は記憶する)。

・ブラームス:ピアノ協奏曲第1番ニ短調作品15
伊藤恵(ピアノ)
朝比奈隆指揮新日本フィルハーモニー交響楽団(1990.5.1Live)

第1楽章マエストーソの、決して速過ぎず、遅過ぎず、理想的なテンポ。
煌めく伊藤のピアノに寄り添う新日本フィルの豪快な音と、奏者が必死で音楽を奏でる様にその日その時、僕は心底震えた。

1楽章でピアノが出てくるまでが大芝居ですからね。あのトゥッティは凄いですねえ。ともかく、コンマスの豊嶋が、えらい勢いで弾くもんだから、隣(松原)もつられて、もうファースト・ヴァイオリン、やかましいでしょう(笑)
~朝比奈隆/新日本フィル ブラームス・チクルスⅣプログラムP5

コンサートの翌日の金子建志氏との対談で朝比奈隆が語った言葉に、その日の演奏の丁々発止の素晴らしさが見事に刻印される。彼が言うまでもなくコンサート・マスターの力量はもちろんだが、それ以上に、朝比奈隆のブラームスの協奏曲に対する愛情というか、思いの深さこそがその原動力になっていることは間違いなかろう。

1番のピアノ協奏曲は、よく歴史家の言う“初期ロマンティシズム”の音楽、まあ文学でもありますけど、本当にシューマンとかブラームスの属してる芸術様式の典型的なものじゃないですか。ある意味でセンチメンタル、いい意味のセンチメンタリズムで、それと非常にパトスの激情的なものと、これは少しはしたない位。それは初期ロマンティークの特徴ですから、それが非常に良く出ている。
僕は大好きなんですよ、〈2番〉の協奏曲も非常に立派ですけど、あれは何か壮大に造り上げたっていう感じがあるんですね。〈1番〉の協奏曲は、自分自身が弾いて、自分自身の思うような表現を試みたというか・・・。
~朝比奈隆/新日本フィル ブラームス・チクルスⅢプログラムP5-6

朝比奈隆のこういう想いが、それこそ演奏に乗り移った奇蹟と言っても過言でない。
また、第2楽章アダージョなど、まさにヨハネスのクララに対する熱烈な愛の感情が見事に表出されるようで、この美しさは何ものにも代え難い。

「君の穏やかな肖像画を描きたい。それをアダージョにするつもりだ」
(1856年12月30日付クララ・シューマン宛)
~同上プログラムP12

そして、終楽章ロンドの豪快さ、特に華々しく結ばれるコーダの音調は、確信に満ちる堂々たるもので、聴きどころ。

 

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2 COMMENTS

雅之

協奏曲とは、一種の「漫才」ですね。

この演奏の場合、朝比奈がボケ役で伊藤がツッコミ役、音楽も漫才と同じく、一瞬一瞬が勝負の「火花」のようなものですね。

「火花」又吉 直樹 (著)

https://www.amazon.co.jp/%E7%81%AB%E8%8A%B1-%E6%96%87%E6%98%A5%E6%96%87%E5%BA%AB-%E5%8F%88%E5%90%89-%E7%9B%B4%E6%A8%B9/dp/4167907828/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1491939685&sr=1-1&keywords=%E7%81%AB%E8%8A%B1+%E6%96%87%E5%BA%AB%E6%9C%AC

・・・・・・芸術の鑑賞は芸術家自身と鑑賞家との協力である。云わば鑑賞家は一つの作品を課題に彼自身の創作を試みるのに過ぎない。・・・・・・(「侏儒の言葉」 芥川龍之介 )

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