シルヴァン・カンブルラン指揮読響第567回定期演奏会

世界は憧れに満ちている。
主題とは裏腹に、音楽はどの瞬間も色艶あり有機的で、シルヴァン・カンブルランの驚異的統率力と、今の読響の抜群の演奏力に舌を巻いた。
一方、聖と俗、善と悪、そして男と女、世界はすなわち対立でもあり、一向に終わることのない戦いなのだとも思った。
女性の献身的な純愛がすべてを救うと表したいのだろうが、果たしていかに?

ユディット
あの二つの扉も開けて、
青ひげよ、青ひげよ!

青ひげ
なぜ見たいのだ、なぜ見たいのだ?
ユディット!ユディット!

ユディット
開けて、開けて!

ほとんど禅問答のようなユディットと青ひげの対話。所詮男と女はわかり合えぬのである。
国中が見渡せる第五の扉を開ける直前のバンダを伴った管弦楽の大音響と、それでも曇ることのない明瞭な色彩に読売日本交響楽団の類稀なる力量を思った。何という美しさ。何というパワー。
このあたりの音楽はやはり実演に触れ、視覚からも刺激を受けないことにはその本質はわかるまい。そして、第七の扉を開く前後の、管弦楽の恐怖の劇的表現に痺れた。

青ひげ
受けとれ・・・受けとれ・・・第七の扉の鍵はこれだ。
開けるがいい、ユディット、そして見るがいい。
その部屋には昔の女たちがみんないる。

ベラ・バルトークの1時間ほどの歌劇の衝撃。20世紀初頭の音楽の理知的でありながら決してパッションを忘れない、一切の無駄のない形に感動。また、青ひげを演じたバスのザボは、さすがにお国ものだけあり、すべて暗譜での歌唱。いやはや、深みのある、またドスの利いた歌の冷たさと巧みさ。

青ひげ
第四の女を見つけたのは真夜中だった。

ユディット
青ひげよ、やめて、やめて!

青ひげ
星の輝いている真夜中だった。

ユディット
だまって、だまって、わたしはまだここにいるのよ!

あるいは、ユディットを演ずるフェルミリオンの、腰を抜かすばかりの恐怖の声。

読売日本交響楽団第567回定期演奏会
2017年4月15日(土)18:00開演
東京芸術劇場コンサートホール
イリス・フェルミリオン(ユディット、メゾソプラノ)
バリント・ザボ(青ひげ、バス)
小森谷巧(コンサートマスター)
シルヴァン・カンブルラン指揮読売日本交響楽団
・メシアン:忘れられた捧げもの
・ドビュッシー:「聖セバスチャンの殉教」交響的断章
休憩
・バルトーク:歌劇「青ひげ公の城」作品11(演奏会形式)

前半のクロード・ドビュッシーのこれまた静かでありながら濃密な美しさ。
オーケストラの奏者の各々の技術のすごさに脱帽。特に金管群の咆哮の吃驚するほどの伸びと透明感。音楽がその字の通り音楽として機能し、聖セバスチャンの苦悩と確信を見事に映し出していた。カンブルランはいつものように歌い、粘る。何というエロス。そこには死の匂いがあり、愛の炎がメラメラと燃え盛っていた。20世紀前半の革新、円熟の作曲家の手になる隠れた名作。特に、あの弱音の神々しさは実演でないと決してわからないだろう。

さらには、オリヴィエ・メシアン初期の作品である「忘れられた捧げもの」の、祈りと熱狂の錯綜。火の災いに満ちた、すなわち戦争の多かった20世紀の表象の如くの中間部「原罪」の大爆発のすごみ。対して、前半の「十字架」と後半の「聖体の秘蹟」のあまりに聖なる温かさ。
果たして「愛」は世界を救うのか?
バルトークにもメシアンにも、そしてドビュッシーにも答は出せなかった。
それでも音楽は人々の心を救うと僕は思う。
本当に素敵な演奏会だった。

 

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2 COMMENTS

雅之

>女性の献身的な純愛がすべてを救うと表したいのだろうが、果たしていかに?
>所詮男と女はわかり合えぬのである。

>果たして「愛」は世界を救うのか?
>バルトークにもメシアンにも、そしてドビュッシーにも答は出せなかった。
>それでも音楽は人々の心を救うと僕は思う。

その結論は別に音楽でなくてもよいわけで、所詮はその場しのぎの「逃げ」です。でも、正解だと思います。再度、ドラマ「逃げ恥」から・・・。

・・・・・・逃げたっていいじゃないですか。ハンガリーにこういうことわざがあります。逃げるのは恥。だけど役に立つ(Szégyen a futás, de hasznos.)。後ろ向きな選択だっていいじゃないか。恥ずかしい逃げ方だったとしても、生き抜くことの方が大切で、その点においては異論も反論も認めない。・・・・・・津崎平匡の台詞より。

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岡本 浩和

>雅之様

この「逃げるは恥だが役に立つ」というドラマは示唆に富んでいて面白そうですね。
基本テレビを視ないので知りませんでしたが、いろいろと勉強になりそうです。(笑)
いつも貴重な情報をありがとうございます。

確かに結論は音楽でなくて良さそうです。

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