デュトワ指揮モントリオール響のラヴェル「マ・メール・ロワ」ほか(1982.6録音)を聴いて思ふ

上流階級の生活を描きながら、どこか完璧でない、何とも庶民的な風情。
内側に見出されるユーモアと不思議なオチ。

同様に彼女は、花では何が一番好きかと問われれば、躊躇なく桜と答えるのであった。
古今集の昔から、何百首何千首となくある桜の花に関する歌、―古人の多くが花の開くのを待ちこがれ、花の散るのを愛惜して、繰り返し繰り返し一つことを詠んでいる数々の歌、―少女の時分にはそれらの歌を、何という月並みなと思いながら無感動に読み過してきた彼女であるが、年を取るにつれて、昔の人の花を待ち、花を惜しむ心が、決してただの言葉の上の「風流がり」ではないことが、わが身に沁みて分かるようになった。
谷崎潤一郎著「細雪 上巻」(新潮社)P173

谷崎のセンス満点の筆致が、上方の人情味溢れる人々の姿を見事に言い表す。
桜の開花を愛するのは古人に限らず現在もなお。
あの淡い桃色の、人々の心を躍らせる満開の桜の力というのはいったい何なのだろう?
そして、わずかな期間で見事に散り行く際の一抹の寂しさというのもいったいどういうことなのだろう?

ソフィスティケートされた貴族的色彩と心に直接染み入る美しい音調。
モーリス・ラヴェルの音楽は、それこそ貴族的趣味と庶民的センスが入り混じった傑作揃い。なるほど、そこには四季折々の歌があり、特に、春の陽気にも似た心地良い温かさと激しい風雨のような冷たさが錯綜する自然美に満ちる。そういう作品をまた、シャルル・デュトワのセンス満点の棒が見事に有機的に再生する。

ラヴェル:
・バレエ音楽「マ・メール・ロワ」
・亡き王女のためのパヴァーヌ
・組曲「クープランの墓」
・高貴で感傷的な円舞曲
ジョン・ジルベル(ホルン)
シャルル・デュトワ指揮モントリオール交響楽団(1982.6.17-25録音)

音楽の童話「マ・メール・ロワ」の完璧な美しさ。それぞれの楽器がきれいに融け合う様は筆舌に尽くし難い。まるで開け放たれる扉の向こうの息吹と、眼前に広がる沈みゆく陽の儚さとが描かれる如しの第5場「妖精の園」での官能!!
また、ジョン・ジルベルのふくよかなホルン独奏を伴う「亡き王女のためのパヴァーヌ」の哀切感。

弾けるリズムと愉悦に富む旋律の宝庫「クープランの墓」はチャーミングの極み。第2曲「フォルラーヌ」の優しさ、あるいは第4曲「リゴドン」の激性と民族性の交差の妙。そして、極めつけは「高貴で感傷的な円舞曲」!!性格の異なる8つの円舞曲の移ろいの自然さ。すべては時間の中で揺れているのだ。

常例としては、土曜日の午後から出かけて、南禅寺の瓢亭で早めに夜食をしたため、これも毎年欠かしたことのない都踊を見物してから帰りに祇園の夜桜を見、その晩は麩屋町の旅館に泊って、明くる日嵯峨から嵐山へ行き、中の島の掛茶屋あたりで持って来た弁当の折を開き、午後には市中に戻って来て、平安神宮の神苑の花を見る。そしてその時の都合で、悦子と二人の妹たちだけ先に帰って、貞之助と幸子はもう一と晩泊ることもあったが、行事はその日でおしまいになる。彼女たちがいつも平安神宮行きを最後の日に残して置くのは、この神苑の花が洛中に於ける最も美しい、最も見事な花であるからで、円山公園の枝垂桜が既に年老い、年々に色褪せていく今日では、まことに此処の花を措いて京洛の春を代表するものはないと云ってよい。
~同上書P175

しばらく見ない京都の桜を、久しぶりに見たくなった。

 

ブログ・ランキングに参加しています。下のバナーを1クリック応援よろしくお願いいたします。


音楽(全般) ブログランキングへ

にほんブログ村 クラシックブログへ
にほんブログ村


2 COMMENTS

雅之

昨年映画館で観た邦画の中で、本当に観てよかったなと思ったのは、「君の名は。」でも「シン・ゴジラ」でもなく、地味な「この世界の片隅に」でした。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%93%E3%81%AE%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AE%E7%89%87%E9%9A%85%E3%81%AB_(%E6%98%A0%E7%94%BB)

「あまちゃん」では東北弁でヒロインを演じていた、のん(本名:能年玲奈)が、完璧な広島弁(呉弁)をこなしていたのにも感心しました。

元々、こうの史代による原作が好きだったこともあります。同じ作者の「夕凪の街 桜の国」も、物語が心の奥底まで沁みこみ、大好きです。

https://www.amazon.co.jp/%E5%A4%95%E5%87%AA%E3%81%AE%E8%A1%97-%E6%A1%9C%E3%81%AE%E5%9B%BD-%E3%82%A2%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%82%B3%E3%83%9F%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9-%E3%81%93%E3%81%86%E3%81%AE-%E5%8F%B2%E4%BB%A3/dp/4575297445/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1492431547&sr=1-1&keywords=%E3%80%8C%E5%A4%95%E5%87%AA%E3%81%AE%E8%A1%97%E3%80%81%E6%A1%9C%E3%81%AE%E5%9B%BD%E3%80%8D

谷崎潤一郎「細雪」は、戦時中に書かれているのが信じられませんが、桜と戦争は、その儚さからなのか何故かよく似合いますね。

返信する
岡本 浩和

>雅之様

この映画について、もちろん原作のコミックも初めて知りました。
雅之さんの奥行きの広さを痛感します。
まずはこの「夕凪の街 桜の国」を読んでみようと思います。

>桜と戦争は、その儚さからなのか何故かよく似合いますね

同感です。

返信する

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

アレグロ・コン・ブリオをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む