クレメンス・クラウス指揮ウィーン・フィルのシュトラウス・ファミリー集(1950-52録音)を聴いて思ふ

ピーター・バラカンさんには、かつて仕事の関係で幾度かお会いしたことがある。
とても気さくな方で、音楽のことに限らず、思い入れの強い言葉のひとつひとつに説得力があったことを思い出す。

上質なオーディオでCD、ハイレゾ、アナログレコードを聴き比べてみたのですが、私の音の好みとしては、断然アナログレコードに軍配をあげます。心に響く何かがある。音にリアリティーがあって、さわれそうな感じがするのです。テープで録音された昔の音源には、音楽と一緒に一定のノイズも収められているので空気感が感じられると聞いて、深く合点がいきました。一方、デジタル録音では、楽器がなっていないときはデータ上まったくの無音になる。でも私たちが生きている環境には空気があり、無音という状態はありえません。だからデジタル音源は、音がクリアな半面、どこか不自然さを感じてしまうのかもしれません。
取材・文/土井裕子「レコードと過ごす時間」
~JCB THE PREMIUM平成29年5月号P45

60年代に青春を謳歌したバラカンさんの言葉は実に意味深い。
確かに音源を比較したとき、アナログレコードに温かみをより感じたことは僕にもある。
なるほど、「私たちが生きている環境には空気があり、無音という状態はありえません」という言にすべての答があるようだ。

初夏の気配漂う日の黄昏時、久しぶりにクレメンス・クラウスのウィンナ・ワルツ集を聴いた。昔、それこそ青春時代にアナログレコードで親しんだ音源だが、残念ながらロンドン・レーベルのアナログ盤はすでに処分して20余年。今となっては後悔先に立たずだけれど、それでも限りなくアナログ的な音を有するオーパス蔵盤(OPK7008)を取り出して、浸った。自分自身を騙すようだけれど、クラウスのワルツ&ポルカはやっぱり温かく、素晴らしい。

シュトラウス・ファミリー:ワルツとポルカ(第1集)
・ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「我が人生は愛と喜び」(1952.5録音)
・ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「風車」(1952.5録音)
・ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「オーストリアの村燕」(1952.5録音)
・ヨハン・シュトラウスⅡ:エジプト行進曲(1952.5録音)
・ヨハン・シュトラウスⅡ:ポルカ「ハンガリー万歳」(1952.5録音)
・ヨハン・シュトラウスⅡ:ワルツ「朝の新聞」(1952.5録音)
・ヨハン&ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「ピチカート・ポルカ」(1952.5録音)
・ヨハン・シュトラウスⅡ:喜歌劇「ジプシー男爵」序曲(1951.4録音)
・ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「とんぼ」(1952.5録音)
・ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「憂いもなく」(1952.9録音)
・ヨハン・シュトラウスⅡ:ワルツ「春の声」(1950.6録音)
・ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ「鍛冶屋のポルカ」(1952.5録音)
・ヨハン・シュトラウスⅡ:ポルカ「観光列車」(1952.5録音)
・ヨハン・シュトラウスⅡ:ウィーンの森の物語(1952.5録音)
クレメンス・クラウス指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

さすがに初期盤LPからの復刻だけあり、音ゆれが存在する。しかしそれこそがまた「アナログ」的で素敵なのである。それにしても何と詩情に溢れ、センス満点の音楽であることか。生きることの喜びが美しく刻まれる。

1890年のこと、「世界で一番人気のある人は誰ですか」という世論調査がウィーンで行なわれ、ヴィクトリア女王、ビスマルク、ヨハン・シュトラウスの三人が当選した。シュトラウスはフランツ・ヨーゼフ皇帝よりも人気が高かったのであり、この結果は老シュトラウスを有頂天にさせた。
ウィーンのある仕立屋はフランツ・ヨーゼフ皇帝とヨハン・シュトラウスの共通点は何かときかれたとき、こう答えた。「お二人ともいつも上等な服を御注文になり、お二人ともいつもきちんとお支払いくださいますよ」。
渡辺護著「ハプスブルク家と音楽―王宮に響く楽の音」(音楽之友社)P160

音楽家としてこれほど名誉なことはなかろう。
ただし、シュトラウスの音楽がウィーン・フィルハーモニーで演奏されるようになったのは、彼の死後四半世紀も後のことらしい(フェリックス・ワインガルトナーによる)。

シュトラウスが―モーツァルトやシューベルトのように―誤解された天才だったというわけではない。いや、いや、彼ほどよく人に知られたウィーン人はなかった。ただ、毎年時彼の忘れ難い旋律で全世界を魅了するウィーン・フィルハーモニーだけが、よりによってウィーン・フィルハーモニーだけがシュトラウス兄弟を、彼らのワルツとポルカを認めようとはしなかった。この有名なオーケストラの演奏会で、偉大な音楽家王朝の生存時に、たったの一回でもシュトラウスの旋律が聞かれたためしはなかった。繊細なワルツ王は、やはりまっとうな音楽家として世に認められたいと願っていたわけだから、このことでひどく苦しんだ。
ゲオルク・マルクス著/江村洋訳「ハプスブルク夜話―古き良きウィーン」(河出書房新社)P64-65

当時はこういう軽快な音楽は芸術とは認められていなかったのだろうか。しかしながら、意外に作曲家の生き様そのものが世間からは否定されていたのではないのかと邪推してしまう。

警察本部は、37歳のヨーハン・シュトラウス(子)の生活態度を「ふしだらで軽率である」と記した。そのために皇帝は、自分に次いで最も有名なオーストリア人を貴族に取り立てることを拒否した。・・・市長ルエーガーもシュトラウスにウィーン市の名誉市民の称号を授与するつもりはなかった。ウィーンの名前は彼の音楽によって全世界にあまねく知られるようになったというのに。
巨匠には三人の正妻のほかに、少なくとも十三人の婚約者がいたことが明らかにされている。その他にも数多くの恋人たちがあったが、それを除外してのことである。
~同上書P59-60

信じられない絶倫。それが彼の評価を下げた一因であろうが、しかしそういう癖こそが芸術作品の熱狂的創造につながるのだろうから面白い。どんなに高尚な(高尚に見える)作品を生み出そうと、人間ゆえ俗物的側面を有しているのである。そこがまたとっつきやすい。
クレメンス・クラウスの指揮については今さら僕が何かを書きたてるまでもない。

 

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4 COMMENTS

雅之

>確かに音源を比較したとき、アナログレコードに温かみをより感じたことは僕にもある。

同感ですが、今の私がより「共感」できるのは、年下の人の意見。

「いのちの車窓から」星野 源 (著)(KADOKAWA)P66

・・・・・・このところ、リビングにあるCD棚よりも、ネットに繋がったYouTubeのほうが距離が近い。「音楽が聴きたい」という発想から曲の再生まで、それが一番早い。なぜだかわからない。しかし、この感覚を認めることは、これからも音楽の仕事をやっていく上で大切なことだと思う。
「俺は音楽家だから、より良い音のアナログ盤やCD、ハイレゾで聞かないといけない」
 なんてふうに、己の気持ちをもみ消すことはしてはいけない。
 今の時代における音楽の在り方と向き合うためには、リスナーとしての自分の感覚に素直になるしかない。この世界で音楽家と名乗り、仕事をするなら尚更だ。音楽はどんな聴き方でも音楽であることに変わりはない。何で聴いても音楽は楽しい。どんな環境でも、同じように楽しんでもらえるような音楽を作れるようになりたい。・・・・・・

https://www.amazon.co.jp/%E3%81%84%E3%81%AE%E3%81%A1%E3%81%AE%E8%BB%8A%E7%AA%93%E3%81%8B%E3%82%89-%E6%98%9F%E9%87%8E-%E6%BA%90/dp/4040690664/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1492949331&sr=1-1&keywords=%E6%98%9F%E9%87%8E%E6%BA%90

偉い! よく言った!! というのが正直な感想です。まあ、あの「島耕作」の作者、弘兼憲史 さんでも「弘兼流 60歳からの手ぶら人生」 なんていう本を書かれるようになったんですからね。

https://www.amazon.co.jp/%E5%BC%98%E5%85%BC%E6%B5%81-60%E6%AD%B3%E3%81%8B%E3%82%89%E3%81%AE%E6%89%8B%E3%81%B6%E3%82%89%E4%BA%BA%E7%94%9F-%E5%BC%98%E5%85%BC%E6%86%B2%E5%8F%B2/dp/4759315136/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1492949747&sr=1-1&keywords=%E5%BC%98%E5%85%BC+%E6%86%B2%E5%8F%B2

良くも悪くも、時代は確実に変わったのですよ。

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岡本 浩和

>雅之様

>何で聴いても音楽は楽しい。どんな環境でも、同じように楽しんでもらえるような音楽を作れるようになりたい

なるほど!
ともすると近視眼的に陥ってしまいます。
星野源の言葉は、まさにその通りだと思います。
そういう僕もyoutubeで楽しんでますし、外に音楽をもち出してもっぱらヘッドフォンで堪能しているのは確かです。
ああ、無常。時代は変っているのですね・・・。(笑)

返信する
雅之

毎回のように、引用部に打ち間違いがあります。すみません。今回はきちんと訂正しておきます。

誤「俺は音楽家だから、より良い音のアナログ盤やCD、ハイレゾで聞かないといけない」

正「俺は音楽家だから、より良い音のアナログ盤やCD、ハイレゾで音楽を聴かないといけない」 

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