グールドほかのシェーンベルク「ピアノ伴奏による歌曲集」(1964-65録音)を聴いて思ふ

初期のシェーンベルクの作品は官能に溢れ、とても美しい。
実際、そういう素地があっての未来の革新なのだと思う。何事も基本が大事だということ。

ツェムリンスキーと知り合ったとき(1894年)、私はもっぱらブラームス愛好家であった。ところがツェムリンスキーはブラームスとヴァーグナーを等しく愛していた。そこで私もまもなくこの両方の作曲家の熱烈な信奉者となった。この頃の音楽が、時々リストやブルックナー、そしてひょっとするとフーゴー・ヴォルフの影響も少し交えながら、この両大家の影響をはっきりと示しているのは不思議なことではない。
「我が進化」
石田一志著「シェーンベルクの旅路」(春秋社)P14

「守破離」という概念がある。まずは世に流布するあらゆるイディオムを素直に吸収することだ。中でも、リヒャルト・デーメルの詩に曲を付した作品2の諸曲の美しさ。
保守的でありながら新しい響き。詩に触発を受けた作曲家が後に詩人に宛てた手紙には次のようにある。

あなたの詩は作曲家としての私の発展に決定的な影響を及ぼしました。それらの詩は、初めて、私に抒情的雰囲気のなかに新しい音調を見つけ出すよう仕向けたのです。あるいは、むしろ次のように言うべきかもしれません。あなたの詩が呼び起こしたものが音楽のなかに反映したことで、私はその音調をまさに見もせずに発見した、と。
~同上書P21-22

おそらく後の十二音技法の発見につながるのであろうアウフヘーベン(止揚)。優れた言葉との邂逅が音楽家に刺激を与えたとき、新たな扉が開かれるのだと思う。

グレン・グールドが伴奏したシェーンベルクの歌曲集を聴いた。
相変わらず椅子のギシギシ鳴る音は聞こえるものの、気のせいか、例の鼻歌はとても控え目なように思われる。歌手に遠慮したのか、それともいつも以上に本気で音楽に没頭しているのか、それはわからないけれど。
しかしながら、1964年の、シンシナティ大学での「アルノルト・シェーンベルク―ある見方」と題する講演を読むと、いかにグールドがシェーンベルクの天才に心酔していたかがわかって興味深い。締めくくりはこうだ。

わたしたちはあまりにシェーンベルクに近すぎるので、かれをほんとうの意味で評価できません。いまかれについて言えることは、いずれも、当て推量か盲目的信仰から出たものです。あるいは歴史的進化に対するかれの見方にわれわれが読みとれる意味を、かれの音楽に移し変える結果言えることです。しかし諸君がわたしの推測がどんなものかを知りたいと思われるなら、そして、作曲家としてかれと、理論家としてのかれを分けようと心から努力をしてきた人間の推測としてそれを受けとめてくださるなら、また、シェーンベルクの理論をときに支配したこともある完全に近い論理と、かれの作品の価値判断とを混同しないように努めてきた人間からの推測として受けとめてくださるなら、わたしはつぎのように申し上げます。わらわれはいつの日かほんとうに「かれが何者だった」かがわかるでしょう。われわれはいつの日か、かれがこの世にあったもっとも偉大な作曲家の一人であったことを悟るでしょう、と。
ティム・ペイジ編/野水瑞穂訳「グレン・グールド著作集1―バッハからブーレーズへ」P188

あれから50余年を経て、確かにグールドが言ったように、「シェーンベルクが何者だったのか」がようやくわかる時代になったのだと僕は思う。

シェーンベルク:ピアノ伴奏による歌曲集
・2つの歌曲作品1(1965.1.5録音)
ドナルド・グラム(バス・バリトン)
グレン・グールド(ピアノ)
・4つの歌曲作品2(1964.6.11録音)
エレン・ファウル(ソプラノ)
グレン・グールド(ピアノ)
・歌曲集「架空庭園の書」作品15(1965.6.10&11録音)
ヘレン・ヴァンニ(メゾ・ソプラノ)
グレン・グールド(ピアノ)

ヘレン・ヴァンニの深々とした低い声が染みる。
どうにも抑圧された音調と、内側に奔流する激情が錯綜する音楽を、グールドは冷静にかつ知的にコントロールし、歌手を見事にサポートする。それにしても、新たな境地を開拓するシェーンベルクの音楽は何と自信に満ちているのだろう。

《ゲオルゲ歌曲集》で、私は初めて、ここ数年間心に描いてきた表現と形式についてのひとつの理想に近づくことに成功した。これまで私は、それを実現するための力と決断に欠けていたのだ。しかし、この路を決定的に歩みだした今、旧来の美学のあらゆる柵を突き破ったのだと確信している。
「作曲家別名曲解説ライブラリー⑯新ウィーン楽派」(音楽之友社)P258

 

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4 COMMENTS

畑山千恵子

石田一志「シェーンベルクの旅路」を読んだうえで、「グレン・グールドのシェーンベルク」を読むことをお薦めします。この2冊を読むと、シェーンベルクの本質がつかめると思います。

返信する
雅之

>あれから50余年を経て、確かにグールドが言ったように、「シェーンベルクが何者だったのか」がようやくわかる時代になったのだと僕は思う。

・・・・・・だからこそ我々は、前へ前へと進み続けるのだ。流れに立ち向かうボートのように、絶え間なく過去へと押し戻されながらも。・・・・・・「グレート・ギャツビー」スコット フィッツジェラルド (著) 村上 春樹 (翻訳) 中央公論新社 P325ー326

https://www.amazon.co.jp/%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%88-%E3%82%AE%E3%83%A3%E3%83%84%E3%83%93%E3%83%BC-%E6%9D%91%E4%B8%8A%E6%98%A5%E6%A8%B9%E7%BF%BB%E8%A8%B3%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%83%BC-%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%83%83%E3%83%88-%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%84%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%A9%E3%83%AB%E3%83%89/dp/4124035047/ref=sr_1_fkmr0_1?s=books&ie=UTF8&qid=1493642761&sr=1-1-fkmr0&keywords=%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%AE%E3%83%A3%E3%83%84%E3%83%93%E3%83%BC+%28%E6%9D%91%E4%B8%8A%E6%98%A5%E6%A8%B9%E7%BF%BB%E8%A8%B3%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%83%BC%29%E3%80%8Fp325-326%29

こっちも必見!

映画『華麗なるギャツビー」 監督: バズ・ラーマン

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岡本 浩和

>雅之様

>だからこそ我々は、前へ前へと進み続けるのだ。流れに立ち向かうボートのように、絶え間なく過去へと押し戻されながらも。

身に染みますねぇ・・・、良いですねぇ。
映画の方は観ておりませんでしたのでこの機会に観てみます。
ありがとうございます。

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