市川崑監督作「細雪」(1983)を観て思ふ

原作をほぼ忠実に描きながら、それでいて市川流の見事な人間模様の再創造に心動かされる。
昭和13年の京阪神の四季の移り変わりと、蒔岡四姉妹とその家族たちが繰り広げる喜怒哀楽の物語に心温まった。
水害の場面や東京生活のシーン、あるいは妙子の妊娠のことなど、より拡がりのある箇所が残念ながら削除されてはいるものの、わずか1年間(原作は数年)の出来事をこれほどまでにリアルに、そして美しく魅せたところは市川崑監督のただならぬ力量。
例えば、辰雄の、東京転勤についていくことを決心した長女鶴子と、最終的にはそれを優しく受け止める次女幸子の最後の会話は、人間心理の表裏、様々な感情が混在、見え隠れし、とても素敵だ。

鶴子 みんな、ええようにいったらええなぁ。
幸子 うん、姉妹は仲良うせないかんわ、つくづくそう思たわ。
鶴子 身体、大事にしてや。
幸子 姉ちゃん、東京へ行かはるとき、あたし、駅へ見送りに行かへんし・・・。
鶴子 何で?
幸子 姉妹で泣き出したりしたらみっともないやろ。
鶴子 そやな・・・。

家族は、いや、いろいろあっても人々は仲良くしなければいけないと。
人類はみな兄弟(姉妹)ゆえ。そのことを、体裁(建前)を重んじる当時の上流階級の人たちに暗に本音を語らせる妙。続けて幸子に、ようやく結婚の決まった雪子を評して次のように言わしめる。

幸子:あの人、粘らはったなぁ。
鶴子:雪子さんか・・・、粘らはっただけのことあったなぁ。

(原作にはない)ここでの岸惠子演ずる鶴子と、佐久間良子演ずる幸子の、何とも言えぬ安堵を示す幸福に満ち足りた表情は筆舌に尽くし難い。

市川崑監督作「細雪」(1983)
原作:谷崎潤一郎
岸惠子(蒔岡鶴子)
佐久間良子(蒔岡幸子)
吉永小百合(蒔岡雪子)
古手川祐子(蒔岡妙子)
伊丹十三(辰雄)
石坂浩二(貞之助)、ほか

もうひとつ、原作にないシーンで(市川夫人で脚本家の和田夏十が闘病中最後に書いたことで有名な)、ラストの石坂浩二扮する貞之助の言葉は、吉永小百合演ずる三女雪子との関係を意味深に語っており、これがまた物語に奥行きを与え、観客に不思議な余韻を残す。これぞ天才市川崑のなせる技。

料亭の女中 酒だけやと毒でっせ。
貞之助 煽りたい気や。
女中 滅相なこと言わはって・・・。
貞之助 あれが嫁に行くんや・・・。
女中 お嬢さんなんてあらしませんな、旦那、まだ若いし・・・。

物語中に確かに(原作にはない)伏線はあるが、ここでの、窓外の雪舞う中での、ほろほろと頬を伝う貞之助の涙は一体何を表わすのか(雪は当然雪子を表わすのだろうが)。

それにしても映画の中で都度流れるヘンデルの「オンブラ・マイ・フ」の旋律の神々しさ、また美しさ。それに、蒔岡四姉妹を演ずるのが、岸惠子、佐久間良子、吉永小百合、古手川祐子という豪華な顔ぶれであるところが本当に奇蹟的。

雨に濡れそぼる桜の景色の繊細美。
また、真っ赤に染まる紅葉の樹々の雄大美。
そして、舞い散る雪の何という切なさ。

自然の大らかな移り変わりの中で、人間の営みとはいかに矮小であることか。
それでも、感情のぶつかりや融け合いこそが壮絶なドラマを形成しており、それこそが人間なんだということをあらためて知らされる。
とても素敵な映画。

 

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2 COMMENTS

雅之

市川崑については、彼が新進気鋭の監督だったころ、まだ20代の有馬稲子と泥沼の不倫に堕ち、彼女に中絶まで強いたという事実が、2010年、日経新聞「私の履歴書」で、有馬によって突如暴露され話題になり、私も大いに驚き、それからというもの、市川崑監督作品を観る目が、少し変わってしまいました。

「のど元過ぎれば有馬稲子―私の履歴書」(日本経済新聞出版社)

https://www.amazon.co.jp/%E3%81%AE%E3%81%A9%E5%85%83%E9%81%8E%E3%81%8E%E3%82%8C%E3%81%B0%E6%9C%89%E9%A6%AC%E7%A8%B2%E5%AD%90-%E7%A7%81%E3%81%AE%E5%B1%A5%E6%AD%B4%E6%9B%B8-%E6%9C%89%E9%A6%AC-%E7%A8%B2%E5%AD%90/dp/453216852X/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1493994371&sr=1-1&keywords=%E6%9C%89%E9%A6%AC%E7%A8%B2%E5%AD%90

小津安二郎 監督作品の「東京暮色」(主演 有馬稲子)を鑑賞する度に、この時代の小津作品にしては著しく暗いストーリーから、そのことを想わずにいられません。

https://www.amazon.co.jp/%E3%81%82%E3%81%AE%E9%A0%83%E6%98%A0%E7%94%BB-%E6%9D%BE%E7%AB%B9DVD%E3%82%B3%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3-%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E6%9A%AE%E8%89%B2-%E5%8E%9F%E7%AF%80%E5%AD%90/dp/B00C2DX7EO/ref=sr_1_1?s=dvd&ie=UTF8&qid=1493995662&sr=1-1&keywords=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E6%9A%AE%E8%89%B2

名女優に妊娠中絶までさせた体験が、ご紹介の美しい名作映画「細雪」にも活きているとしたら、「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」(梶井基次郎)、これは信じていいことかもしれません。

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岡本 浩和

>雅之様

是非はともかくとして、そういう奔放さがまた創造の原点なのでしょうね。
原作にない貞之助の雪子への横恋慕といいましょうか、谷崎以上のエロスを秘めているああいう描き方は、体験なくしてできるものではないように思います。
それにしても、有馬さんが市川監督が亡くなった後にすべてを暴露されているところに今にはない思いやりというか、足の引っ張り合いでない愛を感じます。

>「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」(梶井基次郎)、これは信じていいことかもしれません。

おっしゃる通りだと僕も思います。

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