アバド指揮シカゴ響のチャイコフスキー交響曲第3番ほか(1990.2録音)を聴いて思ふ

人は誰でも、先達の、何某かの影響を受けながら、自らの方法を獲得するものだ。

一方にはヴァーグナー流の徘徊する和声の上での「反復進行」があり、他方には、ブラームスの「展開的変奏技法」と私が命名したものにならってつくった主題的構造がある。小節数が不規則な楽句構成もブラームスの影響とすることができる。しかし、楽器の取り扱い、楽器の組み合わせ、その結果生じる音の響き、それは無条件にヴァーグナー的であった。もっとも私はいくつかのシェーンベルク的なものも見られると信じている。
「我が進化」
石田一志著「シェーンベルクの旅路」(春秋社)P31

これは、「浄められた夜」にまつわるアーノルト・シェーンベルクの回想だが、まさに進化・深化の過程の中に模倣があることを示唆しており、実に興味深い。

チャイコフスキーの場合も然り。
滅多に舞台にかかることのない交響曲第3番を聴きながら、明らかにロシアの過去の大作曲家の影響下にありながら(第1楽章主部アレグロ・モデラート・アッサイには明らかにグリンカが木霊する)、しかし既に彼が彼らしさを体得し、作品を世に問おうとしていたことが想像でき、面白い。
その美しさ、素晴らしさは、何より、クラウディオ・アバドの洗練された棒、そして、シカゴ交響楽団の機能的なアンサンブルに負うところが大きい。

チャイコフスキー:
・交響曲第3番ニ長調作品29「ポーランド」
・祝典序曲「1812年」作品49
クラウディオ・アバド指揮シカゴ交響楽団(1990.2.7-10録音)

シカゴ響の繰り出す音は終始透明。
どこをどう切り取ってもやっぱりチャイコフスキーのにおいがする。
喜びの舞踊が、酷寒のロシアの大地に共鳴し、人々は自然とひとつになる。
まるで映画を観るような、明確な描写がチャイコフスキーの中にはある。

そういえば、武満徹さんが映画にまつわるエッセイ集である「夢の引用」のあとがきに次のように書かれていた。

音楽にかぎらず、人間が創りだす表現形式は、すべて「時間」についての考察であるように思われる。個人の生涯、過去から未来へ、そして現在という瞬間と無縁のものは皆無である。絵画や写真のように平面で静止したものでさえが、観るものに「時間」の推移というものを感じさせる。
「武満徹著作集3」(新潮社)P481

すべて存在するものは時間の中にあり、命が時間とイコールであることをあらためて思う。実に無常。
であるなら、一回性の音楽というものを繰り返し聴く術となる音盤の理不尽とはいかばかりか。

序曲「1812年」におけるアバドの棒は鮮烈で、この祝祭的音楽が一層明快に聴こえ、本当に心地良い。初夏に聴くチャイコフスキーはあまりに素敵。

 

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2 COMMENTS

雅之

>すべて存在するものは時間の中にあり、命が時間とイコールであることをあらためて思う。実に無常。
であるなら、一回性の音楽というものを繰り返し聴く術となる音盤の理不尽とはいかばかりか。

もうひとつ、「時間」以外、「すべて存在するもの」や「音楽」の重要な構成要素に、「空間」がありますよね。

井上道義 ショスタコーヴィチ 交響曲全集 「長い巻頭文・・・月日は過ぎ去るけれど・・・」から、井上道義の言葉

・・・・・・音楽は確かに空気のように見えないものです。しかし体制や周りの「空気」には流されず、自分を信じて生きる人には、雲の上に大きな城を創ることが出来るのです。・・・・・・

https://www.youtube.com/watch?v=Gr9Wj_ftdU4

あっ、間違えました、失礼。

https://www.amazon.co.jp/%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%81-%E4%BA%A4%E9%9F%BF%E6%9B%B2%E5%85%A8%E9%9B%86-at-%E6%97%A5%E6%AF%94%E8%B0%B7%E5%85%AC%E4%BC%9A%E5%A0%82-%E4%BA%95%E4%B8%8A%E9%81%93%E7%BE%A9/dp/B01M3UFTQ3/ref=sr_1_1?s=music&ie=UTF8&qid=1490497038&sr=1-1&keywords=%E4%BA%95%E4%B8%8A%E9%81%93%E7%BE%A9+%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%81

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岡本 浩和

>雅之様

井上道義の例のショスタコ全集は未だ購入しておりませんが、これはもう絶対に素晴らしいものだろうと巻頭文の断片を読んでみても想像できます。
実演を聴かれた雅之さんにとっては10年前の日比谷の音が蘇るようなんでしょうね。
羨ましい限りです。

はい、空間も本当に重要ですよね。

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