“Horowitz on Television 1968” (Ultimate Edition)を聴いて思ふ

10年ひと昔という。
確かにそれだけの時間が経過したのである。
いろいろなことがあった。
よもやここまで続くとは、綴り始めた当初は思ってもみなかったが・・・、ブログを始めて何とまる10年になる。

再度、武満徹さんの言葉を引く。

人間が創りだす表現形式は、すべて「時間」についての考察であるように思われる。個人の生涯、過去から未来へ、そして現在という瞬間と無縁のものは皆無である。
「武満徹著作集3」(新潮社)P481

大それたことを考えていたわけではない。
都度思ったことをただ書き留めてきただけ。
いつまで続けられるかわからないけれど、この際行けるところまで行こうと思う。

10年前のあの日、僕はウラディーミル・ホロヴィッツが楽壇に復帰したときの、カーネギーホールでの実況録音を聴いていた。それも、編集前の無修正版を。

「ホロヴィッツ・オン・TV」と題するアナログ・レコードを手に入れたのは1982年のことだったと思う。すべてが鮮烈だった。僕は繰り返し擦り切れるほどに聴いた。
先年、このときの無修正版を収録したセットがSACDとなってリリースされ、もちろん僕は即刻購入した。中には、1968年9月22日日曜日にCBSにて全米放映された映像も含まれていた。64歳のホロヴィッツの、若々しいショパンやスカルラッティ、スクリャービンに僕は狂喜した。

ホロヴィッツ・オン・テレヴィジョン(最終編集発売版)
ショパン:
・バラード第1番ト短調作品23
・夜想曲第15番ヘ短調作品55-1
・ポロネーズ第5番嬰へ短調作品44
スカルラッティ:
・ソナタホ長調K.380(L.23)
・ソナタト長調K.55(L.335)
シューマン:
・アラベスクハ長調作品18
スクリャービン:
・練習曲嬰ニ短調作品8-12
~アンコール
・シューマン:トロイメライ(「子どもの情景」作品15第7曲)
・ホロヴィッツ:ビゼーの「カルメン」の主題による変奏曲(1968.1.2,3 &2.1Live)

1968年1月2日の無修正ライヴを聴いて思う。
おそらく、このリハーサルでは本番に比して聴衆の数は少なかったのだろう、拍手や歓声は少ない。また、リハーサルとはいえ、やや遅めのテンポで、ひとつひとつの音を確認するように奏でられる各々の作品が、多少のミスタッチはあれど、活き活きとし、聴く者の肺腑を抉り、音楽への渇きを癒す。目の前でまさにホロヴィッツが演奏しているような、そんな錯覚すら覚えるのだ。

ホロヴィッツ・オン・テレヴィジョン(1968年1月2日無修正版)
ショパン:
・ポロネーズ第5番嬰へ短調作品44
・夜想曲第15番ヘ短調作品55-1
・バラード第1番ト短調作品23
スカルラッティ:
・ソナタホ長調K.380(L.23)
・ソナタト長調K.55(L.335)
シューマン:
・アラベスクハ長調作品18
スクリャービン:
・練習曲嬰ニ短調作品8-12
~アンコール
・シューマン:トロイメライ(「子どもの情景」作品15第7曲)
・ホロヴィッツ:ビゼーの「カルメン」の主題による変奏曲(1968.1.2Live)

そして、なお圧倒的なのは、2月1日の実況録音無修正版。聴衆の喝采と拍手は完全にフライングであるが、その臨場感がまたホロヴィッツの演奏を後押しするようで、他には類を見ないコンサートの衝撃をそのまま記録していて、実に感動的。前のめりのバラードの興奮、そして、スカルラッティの、寄り添う癒し。激しさと柔らかさの見事な対話こそホロヴィッツの至芸(アンコールの「トロイメライ」のリテイクも収録されている)。

私は、若い人たちの間に、良質な音楽に対する新たな渇望と理解が生まれていると思っています。そういう彼らと触れ合うことはそうするだけの価値があると思ったのです。
音楽とは感じるものであり、スピリットであって、冷たい儀式ではないんです。私が演奏する音楽を、私は感じなくてはなりません。そしてそのことは特別な勉強なしに楽しむことのできる聴き手にも当てはまることだと確信しています。時にはそういう特別な勉強が邪魔になって音楽をストレートに愉しめないこともあります。音楽は耳に語りかけ、心に語りかける。言葉より先にサウンドがやって来るのです。
「TVコンサートについてのホロヴィッツの言葉」
SICC10235-8ライナーノーツ

納得。
しかし、忘れてはならないのは、このTVコンサートが行われた時期は、ベトナム戦争の最盛期であり、かの戦争が泥沼にはまりつつあったという事実。音楽は人々の心を癒す道具であるが、ホロヴィッツの音楽に酔いしれる数千人の聴衆が入る箱の外では、おそらく反戦のデモ行進が頻繁に行われていたのだろう。

Blue, blue, my world is blue
Blue is my world now I’m without you
Gray, gray, my life is gray
Cold is my heart since you went away

ちょうどその頃、ポール・モーリアの「恋は水色」が全米トップ・ヒットを飾っていた・・・。
素敵・・・。音楽に罪はなさそうだ。

 

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2 COMMENTS

雅之

映画「君の名は。」より、宮水 一葉の台詞

・・・・・・よりあつまって形を作り、
捻れて絡まって、
ときには戻って、
途切れ、
またつながり。
それがムスビ。それが時間。・・・・・・

・・・・・・氏神様のことを産霊(むすび)と呼び、
糸をつなげることも
人を繋げることも
時間が流れることも
すべてむすびで神の力であり、
組紐も神の業であり、時間の流れそのものを表しているのだ。・・・・・・

「新海誠監督作品 君の名は。 公式ビジュアルガイド」(角川書店)から引用

https://www.amazon.co.jp/%E6%96%B0%E6%B5%B7%E8%AA%A0%E7%9B%A3%E7%9D%A3%E4%BD%9C%E5%93%81-%E5%90%9B%E3%81%AE%E5%90%8D%E3%81%AF-%E5%85%AC%E5%BC%8F%E3%83%93%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%83%89-%E6%96%B0%E6%B5%B7-%E8%AA%A0/dp/4041047803/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1494159988&sr=1-1&keywords=%E3%80%8C%E6%96%B0%E6%B5%B7%E8%AA%A0%E7%9B%A3%E7%9D%A3%E4%BD%9C%E5%93%81%E3%80%80%E5%90%9B%E3%81%AE%E5%90%8D%E3%81%AF%E3%80%82%E3%80%80%E5%85%AC%E5%BC%8F%E3%83%93%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%83%89%E3%80%8D%E3%80%80%E8%A7%92%E5%B7%9D%E6%9B%B8%E5%BA%97

地味ですが、祝10周年。長年にわたりずいぶんご迷惑おかけしたことを心より深謝します(笑)。

返信する
岡本 浩和

>雅之様

遅ればせながら、つい先日「君の名は。」を鑑賞しまして、(世間の評判通りで)とても感動しました。
ご紹介の言葉は、そのときにハッとさせられました。

雅之さんにはそれこそブログ開始当初から貴重なコメントをいただきましてありがとうございます。
毎々勉強させていただいております。
引き続きよろしくお願いします。

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