アバド指揮ヨーロッパ室内管のシューベルト管弦楽伴奏編曲歌曲集(2002.5Live)を聴いて思ふ

後世の作曲家がこぞって編曲に挑んだという事実が奇蹟的。
フランツ・シューベルトの歌の世界。わずか31年という生涯を駆け抜けた夭折の天才の真髄を抉る、管弦楽伴奏による詩と音楽の崇高さ。
ゲーテがいて、ハイネがいて、あるいはレルシュタープがいて。

そっと歌う僕の願いは
夜の中をあなたの許へ。
静かな森の中へ下りて来てください。
愛する人よ、僕のところへ!
「セレナード」(石井不二雄訳)

有名な旋律が僕たちの心をとらえる。
ここでのジャック・オッフェンバックの編曲は柔和で、特に弦のピツィカートをベースにした木管の響きが堪らない。トマス・クヴァストフのバリトンも深みがあり、また哀しみを湛え、真に迫る。

アンネ=ゾフィー・フォン・オッターの色香溢れる声に痺れる。
冒頭、ロザムンデのロマンスから彼女の魔法に一気に惹きつけられる。続く、ブリテン編曲による「ます」の愉悦。このいかにも可憐な歌は、その詩の結末の皮肉さに引いてしまうのだけれど、人口に膾炙した音楽は実に素晴らしい。

だが陰険な男はとうとう
待ち切れなくなってしまい、
狡猾にも小川を濁らせてしまった。
そしてわたしがあっと思う間もなく
釣人の釣竿が強く引き、
その先にますがぴちぴちとはねていた。
僕は血の煮えたぎる思いで
わなにかかったますをみつめていた。
「ます」(喜多尾道冬訳)

人間は誰しも生きるために必死なのだ。
そして、レーガー編曲による「糸を紡ぐグレートヒェン」の秀逸さ。暗澹たる心の揺らぎを表現するような弦楽器群の伴奏のひらめきと美しさ。

わたしの安らぎは消え、
わたしの心は重い、
もう二度と安らぎは
戻って来はしない。
「糸を紡ぐグレートヒェン」(喜多尾道冬訳)

ちなみに、「魔王」はベルリオーズ編曲によるものとレーガー編曲によるもの2種が収録されていて、その比較が実に興味深い。前者はオッターの独唱、後者はクヴァストフの独唱。

シューベルト:
・ロザムンデのロマンス「満月は輝き」D.797-3b
・ますD.550(ブリテン編)
・エレンの歌IID.838(ブラームス編)
・糸を紡ぐグレートヒェンD.118(レーガー編)
・シルヴィアにD.891(編曲者不詳)
・夕映えの中でD.799(レーガー編)
・夜と夢 D.827(レーガー編)
・タルタルスの群れD.583(レーガー編)
・魔王D.328(ベルリオーズ編)
・若い尼僧D.828(リスト編)
・歌曲集「美しき水車小屋の娘」より「涙の雨」D.795-10(ヴェーベルン編)
・歌曲集「冬の旅」より「道しるべ」D.911-20(ヴェーベルン編)
・君こそは憩いD.776(ヴェーベルン編)
・歌曲集「白鳥の歌」より「彼女の肖像」D.957-9(ヴェーベルン編)
・プロメテウスD.674(レーガー編)
・メムノンD.541(ブラームス編)
・馭者クロノスにD.369(ブラームス編)
・音楽に寄せてD.547(レーガー編)
・魔王D.328(レーガー編)
・ひめごとD.719(ブラームス編)
・歌曲集「白鳥の歌」より「セレナード」D.957-4(オッフェンバック編)
アンネ=ゾフィー・フォン・オッター(メゾソプラノ)
トマス・クヴァストフ(バリトン)
クラウディオ・アバド指揮ヨーロッパ室内管弦楽団(2002.5Live)

さらに、リスト編曲による輝かしい「若い尼僧」の、壮絶かつ劇的な管弦楽伴奏と低く凄味のあるオッターの声に舌を巻く。
それにしてもヴェーベルン編曲による諸曲の、透明感溢れる音響に、あの凝縮された緻密な音楽はこういう情緒の豊かさを背景にするがゆえに説得力があるのだと理解が進む。

他の旅人の通う道を
なぜ僕は避けるのか、
そして雪に覆われた岩山の
隠れた道を探すのか?
「道しるべ」(石井不二雄訳)

「冬の旅」から「道しるべ」の得も言われぬ哀感。クヴァストフの嘆きの歌唱が一層身に染みる。

ゲーテの名作「馭者クロノスに」での、クヴァストホフの雄渾な歌。ここでのブラームスの男性的で地に足のついた音楽は涙もの。また、「ひめごと」でのブラームスの編曲は、シンコペーションを伴ったもので、それこそ恋人の眼差しの謎を見事に音化する。オッターの意味深さ。

この作品集はやっぱりクラウディオ・アバドの類稀な企画力の賜物だろう。
特に、大病後のこの人の音楽はやっぱり神々しい。嗚呼。

 

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2 COMMENTS

雅之

それぞれの作曲家から観た多面的なシューベルト、面白いCDでしたよね。

「決戦!関ヶ原」 伊東潤 / 吉川永青 / 天野純希 / 上田秀人 / 矢野隆 / 冲方丁 / 葉室麟(著)(講談社 )  という本も、アイデアが似ています。

https://www.amazon.co.jp/%E6%B1%BA%E6%88%A6-%E9%96%A2%E3%83%B6%E5%8E%9F-%E8%91%89%E5%AE%A4-%E9%BA%9F/dp/4062192519/ref=sr_1_11?s=books&ie=UTF8&qid=1493985729&sr=1-11&keywords=%E9%96%A2%E3%83%B6%E5%8E%9F

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岡本 浩和

>雅之様

これはまた面白そうな書籍を!
シリーズの他のものも含めてこれは実に興味深いです。
ありがとうございます。

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