アバド指揮ロンドン響のムソルグスキー管弦楽作品集(1980.5録音)を聴いて思ふ

赤裸々でむき出しの魂・・・。
野趣溢れる音楽が、とても美しく、そして洗練され音化される様。
録音から40年近くを経ても、色褪せることのない音楽の醍醐味、そして演奏の力。
ほとんど知られることのないムソルグスキーの作品たちをこれほどまでに新鮮な響きで蘇らせたクラウディオ・アバドの企画力の賜物。
何度聴いても発見のある、見事なアルバムだと、今も僕は思う。

奇妙なことに、ムーソルグスキイは悲劇的な歴史オペラ《ホヴァーンシチナ》と喜劇的な民俗オペラ《ソローチンツィの市》という全く性格の異なる、非常に対照的な二つのオペラを同時進行で書いた。後者を着想したのは1874年7月のことで、前者の着想から2年ほど後のことであったが、これによって《ホヴァーンシチナ》の仕事は一時中断した。
森田稔著「ロシア音楽の魅力―グリンカ・ムソルグスキー・チャイコフスキー」(東洋書店)P129

インスピレーションとアイディアが湯水のごとく湧き出す彼の才能は、おそらくそれを完全な形にする能力をわずかに欠いていただろうため未完に終わらせる結果になる作品を数多生み出した。残念だ。
それにしてもほぼ同時に性格が正反対の作品を世に送ることのできる才は、楽聖ベートーヴェンのよう。

ムーソルグスキイが歌手達から圧倒的な支持を得ていた背景には、彼のピアノ伴奏者としての並外れた能力があったと言えるだろう。ムーソルグスキイはあらゆる歌手に、どんな時でも何の準備もせずにもっとも適切に伴奏をすることができた。彼の奇跡にも近い伴奏の巧みさを物語るエピソードはいくらでもあるが、彼が死の直前まで実際にピアノ伴奏者として舞台に登場していたことを指摘しておくだけで十分だろう。
~同上書P132-133

その恐るべきアウトプットの能力に感嘆の念を禁じ得ない。
こういう天才肌の音楽家はクラシック音楽界にはもはや登場しないのかもしれない(ポピュラー音楽界にはあり得るか・・・。プリンスとか?)。

ムソルグスキー:
・歌劇「ホヴァーンシチナ」~第4幕第2場への間奏曲(追放されるゴリツィン公の出発)(リムスキー=コルサコフ編曲)
・ヨシュア(リムスキー=コルサコフ編曲)
・歌劇「サランボー」~巫女たちの合唱(リムスキー=コルサコフ編曲)
・スケルツォ変ロ長調
・センナヘリブの敗北(リムスキー=コルサコフ編曲)
・聖ヨハネ祭の夜の禿山(交響詩「禿山の一夜」原典版)
・歌劇「アテネのオイディプス」~神殿の人々の合唱(リムスキー=コルサコフ編曲)
・歌劇「ホヴァーンシチナ」~前奏曲「モスクワ河の夜明け」(リムスキー=コルサコフ編曲)
・凱旋行進曲「カルスの奪還」(リムスキー=コルサコフ編曲)
ゼハヴァ・ガル(コントラルト)
ロンドン交響楽団合唱団(リチャード・ヒコックス指揮)
クラウディオ・アバド指揮ロンドン交響楽団(1980.5録音)

衝撃は「禿山の一夜」原典版!!後のリムスキー=コルサコフがアレンジを施した版はいかにも洗練された音楽であるが、先鋭的で土着性の高い原曲の魅力を随分削ぎ落としたものであることもわかって面白い(あれは厳密にはムソルグスキーの作品ではないのだ)。
もちろん、リムスキー=コルサコフによる編曲の作品群もいずれも素晴らしい出来。例えば、「モスクワ河の夜明け」の美しさ!

ムーソルグスキイが最後に公開演奏会に登場したのは、1881年2月3日、リームスキイ=コールサコフが指揮する無料音楽学校の演奏会であった。・・・中略・・・
しかし実際には、その翌日、2月4日に行われたドストエーフスキイ(1月28日没)を追悼する文学の夕べで、彼はピアノに向かって「《ボリース》の最後の場面で響く葬送の鐘」にも似た鐘の音楽を即興演奏した。
~同上書P133

ムソルグスキーとドストエフスキーが同時代の人間で、一時でも同じ空気を分ち合っていたという奇蹟。「死の家の記録」にある下記の部分の老人は、何だかまるでムソルグスキーを描写しているよう。

わたしは何度かこの老人と「信仰について」話したことがあったが、老人はぜったいに自分の信念をゆずらなかった。しかし老人の反論には、けっして、すこしの悪意も憎悪もなかった。ところが彼は寺院を破壊して、それをかくそうとしなかったのである。どうやら彼は、自分の信念によって、自分の行為と、そのために受けた「苦しみ」を、光栄と考えているらしかった。しかし、どんなに彼を観察しても、どんなに彼を研究しても、わたしは彼に虚栄心あるいは誇りのごくわずかの陰影も認めることができなかった。
ドストエフスキー/工藤精一郎訳「死の家の記録」(新潮文庫)P72

 

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