ヴァルトラウト・マイアーのワーグナー作品集(1996&1997録音)を聴いて思ふ

30年近く前になると思う。
ロリン・マゼールがベルリン・フィルを指揮して録音したワーグナーの、「言葉のない指環」と題する管弦楽曲集を聴き、(1980年にウィーン・フィルのニューイヤーに登場したときもそうだったけれど)決して大衆に媚びるわけでもなしに、上手に売るセンスを持ち合せた、音楽家というより有能なビジネス・パーソンの如くのプロデュース力に驚かされたことを、一聴、思い出した。

ヴァルトラウト・マイアーを独唱に据えたワーグナーの管弦楽曲集を聴いた。
その音楽は、冒頭から実に聡明かつ軽快で、無理なく大作曲家の重要な作品に触れることができるもの。感情よりも理知に傾く内容。

ドラマにおいて、わたしたちは感情を介して知る者とならなければならない。〈こうでならなければならない〉と感情が言ったときに初めて、知性は〈こうなのだ〉とわたしたちに告げるのである。
~「オペラとドラマ」第二部第4章

かく語るワーグナー自身が、果たしてこの演奏を聴いて納得するのかどうかはわからない。
確かに感性を刺激する演奏ではないゆえ。しかしながら、ワーグナーという巨人を理解する一端としての1枚と数えるならば、その演奏がもたれず、とても耳に心地良いという点からおすすめだといえる。

ワーグナー:
・歌劇「タンホイザー」第2幕~おごそかなこの広間よ
・楽劇「ワルキューレ」第1幕~一族の男たちが
・歌劇「さまよえるオランダ人」第2幕~真っ赤な帆に黒いマストの船を
・楽劇「神々の黄昏」第1幕~私の言うことをきいてください
・歌劇「ローエングリン」第1幕~ひとり寂しく悲しみの日々を
・舞台神聖祝典劇「パルジファル」第2幕~ひどい人! もし痛みを感じるならば
・楽劇「トリスタンとイゾルデ」第1幕~連中が私を笑いものにして歌ったからには
・楽劇「神々の黄昏」第3幕~ラインの河岸に薪を積み上げよ(ブリュンヒルデの自己犠牲)
ヴァルトラウト・マイアー(メゾソプラノ)
ロリン・マゼール指揮バイエルン放送交響楽団(1996.12.8-10&1997.1.2録音)

水のように流れるリヒャルト・ワーグナー。しかし、音楽はうねることなく、渦巻くこともない。例えば、「黄昏」終幕の「ブリュンヒルデの自己犠牲」は、まるで歓喜の音楽のように楽観的だ。一方で、「オランダ人」の「真っ赤な帆に黒いマストの船を」では、実に見事な表情で、ゼンタの心情が繊細に歌われる。

血と燃ゆる帆に 黒きマストの
船を、沖にて、見かけざりしや。
船のうえには その頭なる
蒼白き男 絶えず見張れり。
おお 荒れくるう 風よ、ヨホーエ、
おお 鳴りひびく 綱よ、ヨホーエ、
おお、矢のごとく、彼は去りゆく、
めざす地もなく 唯ひた走りに。―
されど、命を ささげてつくす 乙女に出あわば、
蒼白き彼にも なおよく救いは 与えられん。
おお、蒼白き 船長よ、そを 見いだすはいつぞ。
まごころふかき その乙女に
とく出であえと 神に祈らん。
アッティラ・チャンバイ/ディートマル・ホラント編「名作オペラブックス18 ワーグナーさまよえるオランダ人」(音楽之友社)P59

マゼールの方法は、ワーグナーの初期の作品に適性があるように僕は思う。
「タンホイザー」第2幕冒頭のエリーザベトのアリア「おごそかなこの広間よ」、また「ローエングリン」第1幕からエルザの「ひとり寂しく悲しみの日々を」が美しい。

 

ブログ・ランキングに参加しています。下のバナーを1クリック応援よろしくお願いいたします。


音楽(全般) ブログランキングへ

にほんブログ村 クラシックブログへ
にほんブログ村


2 COMMENTS

雅之

>音楽はうねることなく、渦巻くこともない。

実演で、カメラやマイクが入っていない時のマゼールは、本当はうねることも渦巻くこともあったんですよ・・・、あっ、そういう話題はしないと自分で決めたのを、うっかり忘れそうになりました。

家で長い楽劇を聴く時は、そんなに時間を犠牲にしたくはないので、よくできたハイライト(総集編)で充分です。

大河ドラマ 平清盛 総集編 [Blu-ray]

https://www.amazon.co.jp/%E5%A4%A7%E6%B2%B3%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%9E-%E5%B9%B3%E6%B8%85%E7%9B%9B-%E7%B7%8F%E9%9B%86%E7%B7%A8-Blu-ray-%E6%9D%BE%E5%B1%B1%E3%82%B1%E3%83%B3%E3%82%A4%E3%83%81/dp/B00B8LZQU4/ref=sr_1_1?s=dvd&ie=UTF8&qid=1495111484&sr=1-1&keywords=%E5%B9%B3%E6%B8%85%E7%9B%9B

返信する
岡本 浩和

>雅之様

>そういう話題はしないと自分で決めたのを、うっかり忘れそうになりました。

いやいや、雅之さんの正統なコメントは貴重ですから、たまにはうっかりしてください。(笑)

>そんなに時間を犠牲にしたくはないので、よくできたハイライト(総集編)で充分です。

このところ僕も特にそう感じます。読みたい本はいっぱい、観たい映画もいっぱい、聴きたい音楽もいっぱい・・・。
雅之さんがおっしゃるようにすべて時間泥棒で、困ったものです・・・。

返信する

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

アレグロ・コン・ブリオをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む