紀尾井―明日への扉16 岡本誠司

ヴァイオリニスト自身、思い入れがあるという、ドイツはライプツィヒ。
「ライプツィヒの風」が今夜のテーマらしい。
空間を一にし、時間を追うというコンセプトの妙、そのプログラミングのセンスが最高だ。

岡本誠司のリサイタルを聴いた。
一貫するのは誠実で前向きな演奏から醸し出される音楽の喜び。いつものように、アンコール前に聴衆にお礼を述べつつ楽曲を紹介する彼の謙虚で柔和な姿勢がすべてを物語っていた。本当に素敵な、音楽の美しさを享受できた2時間だった。

冒頭、バッハの無伴奏パルティータの実存感のある音色に聴く姿勢を正された。
謹厳実直でありながらとても豊かなヴァイオリンの音に感動した。峻厳なこの作品の、そもそもは舞曲であるその側面に光を当て、終始作品に没頭し、端整でありながら陽気に蠢くリズムを失わない前奏曲と6つのダンス。一瞬、音が不安定になった瞬間もあったが、そこはご愛嬌、一気に駆け上がり充足する演奏はピカイチだった。たった一挺の楽器で繰り広げられる永遠の時間。まずはバッハによって会場が浄められ、続くC.P.E.バッハのソナタによって空気が緩やかに、また温かくなったように感じられた。
特に、終始弱音の夢見るような旋律をもつ、どちらかというと伴奏ピアノが印象的なフレーズを奏でる第2楽章アダージョ・マ・ノン・トロッポの美しさに惚れた。終楽章プレストの弾ける愉悦はいかにも古典派のそれ。素晴らしかった。
そして、珍しいメンデルスゾーンのソナタの第1楽章断片補筆版は、いかにも主題が彼らしい明朗で勢いのあるものだが、全体を通して何か晦渋な印象を拭えない。果たして作曲者が途中で筆を折った理由は何か?ちょうどゲヴァントハウスの楽長として忙しい時期で、インスピレーションの枯渇があったのかもと想像した(それでも岡本誠司のヴァイオリン、音楽性は満点だった)。

紀尾井―明日への扉16 岡本誠司
・J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番ホ長調BWV1006
・C.P.E.バッハ:ヴァイオリン・ソナタハ短調Wq.78, H.514
・メンデルスゾーン:ヴァイオリン・ソナタヘ長調MWV Q26(1839年改訂稿、第1楽章断片補筆版)
休憩
・シューマン:ヴァイオリン・ソナタ第1番イ短調作品105
・グリーグ:ヴァイオリン・ソナタ第1番ヘ長調作品8
~アンコール
・クララ・シューマン:3つのロマンス作品22より第1曲
・メンデルスゾーン:ヴァイオリン・ソナタヘ長調(1820)より第3楽章
岡本誠司(ヴァイオリン)
田村響(ピアノ)

休憩後のロベルト・シューマンのソナタが何よりすごかった。おそらく不眠不休で、わずか5日間で書き上げられたこの作品は、確かにシューマンのフロレスタン的側面を前面にした傑作だ。第1楽章の、内燃する暗澹たる感情の発露。ここには晩年の作曲者の、生への固執が垣間見える。可憐な第2楽章アレグレットを経て、終楽章の勢いある喜びの爆発。いかにも躁状態であったことを証明するような、呼吸は浅いけれど張りのある、美しい音楽を、これでもかと情熱的に奏した岡本誠司のヴァイオリンに僕は心底感動した。
さらに、北欧の爽やかな風を見事に表すようだった、グリーグのソナタの解放感!
決して深刻にならず、初夏の太陽の暖かい恵みを映す第1楽章アレグロ・コン・ブリオ!!
第2楽章アレグレット・クワジ・アンダンティーノの、虚ろなピアノの前奏に始まり、少し暗い印象を与えるヴァイオリンの主題に僕は心が動いた。何という優しい音。また、終楽章アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェにおける激情と安寧の音調の対比!!

多少マイナーにせよ、天才たちの傑作を並べてのリサイタルに僕はとても満足していた。
それにしても粋なのは、アンコールにクララ・シューマンを出してくれたこと(ライプツィヒはロベルトとクララが出逢った街)。いやはや、ロベルトとはまた違った音楽性の、女性らしい包容力と光り輝く美しさを秘めた作品22の第1曲に感激した。そして、続いて奏でられた、わずか11歳のメンデルスゾーンが書き上げた、少年らしい素直さが顕れるソナタ第3楽章の秀逸さ。

岡本誠司の今後が一層楽しみだ。

 

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3 COMMENTS

雅之

今回も、参加していない私が書くこともないのですが(笑)、ライプツィヒというと、昔、ズスケが好きで、彼が率いたカルテットも含め、実演も何回か聞きました。

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旧東ドイツ時代、ライプツィヒは石炭を焚いていたので、街は「煤けて」いました。ズスケの音にも何となくその味わいを感じます。

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岡本 浩和

>雅之様

まさにいぶし銀の如しですね。
残念ながら僕は実演は聴けていないので何度も聴かれたご体験が羨ましい限りです。

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