グールドのベートーヴェン=リスト交響曲第5番(1967.12&1968.1録音)を聴いて思ふ

3年前の夏、武蔵野音楽大学のベートーヴェンホールでケマル・ゲキチのリサイタルを聴いた。
あのときの、おそらくフランツ・リストの演奏を髣髴とさせる超絶技巧は空前絶後で、今思い出しても心震えるほど。手に汗握る熱演は、とても10本の指が奏でているものとは思えず、それでいて決して技巧にばかり走る演奏でなく、魂をも癒してくれるくらい美しかった。あれ以来ゲキチの実演には触れていないけれど、彼はこのところ毎年のように来日しているようだからいずれ近いうちにまた足を運んでみたいと思う。

リストの演奏がどんなものだったかというのは実に興味深い。
常に追っかけがいて、彼のリサイタルでは緊張や熱狂から気絶する女性までいたそうだから、まるで現代の、例えば1960年代の、コンサート活動を止める前のビートルズのような存在だったということだろうか。

グレン・グールドがコンサート・ドロップアウト宣言せず、もう少し後々まで聴衆の前に姿を現し、演奏活動を繰り広げていたら、グールドこそがリストの衣鉢を継ぐ、狂信的な追っかけをもつピアニストになっていたのかもしれない。
グールドの弾くベートーヴェンのハ短調交響曲。強烈な打鍵と猛烈に遅いテンポ、そして相変わらずの左手の強調、そのどれもが恐るべき音楽性を醸す。それは、やっぱりグールドらしくエキセントリックだ。相変わらずはっきり聞こえる呟きと鼻歌を横目に、今目前で奏でられているようなリアリティに僕は思わず感動する。

・ベートーヴェン:交響曲第5番ハ短調作品67(フランツ・リスト編曲)
―第1楽章アレグロ・コン・ブリオ(1967.11.22&12.7録音)
―第2楽章アンダンテ・コン・モート(1967.12.5録音)
―第3楽章アレグロ(1967.12.5&7録音)
―第4楽章アレグロ(1967.12.28, 29&1968.1.8録音)
グレン・グールド(ピアノ)

当時のレコーディングの常套であったとはいえ、楽章毎に日を分けて録音するという用意周到さ。
第1楽章アレグロ・コン・ブリオの、魂を抜かれるかのような轟音に痺れ、また猛烈に遅いテンポの第2楽章アンダンテ・コン・モートの儚く悲しい歌に癒される。
そして、第3楽章スケルツォの沈思黙考の哲学的進行を経て一気に解放に向かう終楽章アレグロの火花散る衝撃!

お互いの演奏を聴くのをやめなさい。とにかく何よりもまず、特定の楽譜あるいは一揃いの楽譜を決めて、自分がこうしたいと考えているものを達成しようと努力したらいい。それが実現し、この種の音楽の弾き方はこれだとはっきりわかったあとであれば、個人の楽しみや驚きのためならかまわない。仲間や、先輩格の人などの演奏に耳を傾ければいい。けれども自分なりの考えがまとまらないうちは決して聴いてはいけないし、信奉するべき解釈上の伝統とおぼしきものに基づいて考えをまとめてもいけない。
グレン・グールド/ジョン・ロバーツ/宮澤淳一訳「グレン・グールド発言集」(みすず書房)

自分を信じることだ。

ところで、あの日のケマル・ゲキチのリサイタルは、リスト編曲によるベートーヴェンのハ短調交響曲で幕が開いた。彼の演奏は決して奇を衒わず、あくまでベートーヴェンの思考をリストがリスト流に解釈したものを極めて的確に表現したものだった。あれは本当にすごかった。

 

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2 COMMENTS

雅之

>お互いの演奏を聴くのをやめなさい。とにかく何よりもまず、特定の楽譜あるいは一揃いの楽譜を決めて、自分がこうしたいと考えているものを達成しようと努力したらいい。それが実現し、この種の音楽の弾き方はこれだとはっきりわかったあとであれば、個人の楽しみや驚きのためならかまわない。仲間や、先輩格の人などの演奏に耳を傾ければいい。けれども自分なりの考えがまとまらないうちは決して聴いてはいけないし、信奉するべき解釈上の伝統とおぼしきものに基づいて考えをまとめてもいけない。

という先輩の意見を鵜呑みにしてもいけません(笑)。なぜなら、この論をもっと突き詰めた先には、クラシック音楽自体への否定へとつながってしまいますから。

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岡本 浩和

>雅之様

なるほど。
どんな論も絶対ではないですね。
考えようによってはグールドの演奏はクラシック音楽自体の在り方の否定から入っているように思います。

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