クライバー指揮ウィーン・フィルのモーツァルト「フィガロの結婚」K.492(1955.6録音)を聴いて思ふ

私のオペラ趣味は、昭和十年頃、レコードでモーツァルト「フィガロの結婚」を聞いたことから始っている。モーツァルトも、専らシンフォニイや五重奏曲に聞き惚れていたのだが、スタンダールのモーツァルト論を読むと、オペラのことしか書いてないのである。これは変だぞ、おれのモーツァルト鑑賞には、どっか間違ったところがあるんじゃないか、と思っているうちに、レコードで全曲吹き込みが売り出されるありがたい世の中になって来た。
「オペラ好き」
大岡昇平「わが美的洗脳」(講談社文芸文庫)P142

大岡昇平さんの粋な文章に惹かれる。この人はワーグナー嫌いで、稀代のモーツァルティアンだったそうだが、戦前の、レコードなど手にできる人がまだまだ少なかった時代に、希少なオペラの全曲録音にてモーツァルト歌劇に開眼したというのだから年季が違う。

年に何度か聴きたくなる不滅の名録音。
こんなにもチャーミングで、至るところに喜びの溢れる演奏はなかなかない。
歌劇を聴かなければモーツァルトの本質は決してわかり得ないというのは事実だと思う。
それも指揮者、オーケストラ、そして歌手の三拍子揃った演奏に触れねば・・・。
何より速めのテンポから繰り出される終始熱のこもった表現、あるいは作曲家への愛情満ちる歌、どこをどう切り取っても、時間を忘れて聴き惚れてしまうほど。

モーツァルトは《魔笛 Die Zauberflöte》を作曲しようとしたとき、心を悩ませ、はたしてうまく書けるかどうかわからなかった。というのも彼は「それまでに魔法オペラをまだ1本も書いたことがなかった」からである。これに反し《フィガロの結婚 Le Nozze di Figaro》のときは何と自信にあふれてこれをやってのけたことか。彼はイタリア・オペラ・ブッファの確固たる基礎の上にじつに見事な構築物を築き上げた。だからこそ、彼に削除を求めてきた皇帝に対し一音符たりとも取り除くことはできないと正当にも断言しえたのである。
リヒャルト・ワーグナー
アッティラ・チャンバイ/ティートマル・ホラント編「名作オペラブックス①フィガロの結婚」(音楽之友社)P6

ワーグナーも賞賛する傑作は、名指揮者の棒と名歌手たちの歌唱を得て、空前絶後の音楽となった。何度聴いてもその生き生きとした美しさに惚れ惚れとする。快速かつ躍動感ある序曲の素晴らしさ。そして、幕が上がって以降の人間ドラマの奔放さと剽軽さの融合。
チェーザレ・シエピのフィガロも、ヒルデ・ギューデンのスザンナも、若々しく実に可憐。非の打ち所がない。

・モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」K.492
チェーザレ・シエピ(フィガロ、バス)
アルフレート・ペル(アルマヴィーヴァ伯爵、バリトン)
リーザ・デラ・カーザ(アルマヴィーヴァ伯爵夫人、ソプラノ)
ヒルデ・ギューデン(スザンナ、ソプラノ)
スザンヌ・ダンコ(ケルビーノ&少女1、ソプラノ)
ヒルデ・レッスル=マイダン(マルチェリーナ、メゾソプラノ)
フェルナンド・コレナ(バルトロ、バス)
マーレイ・ディッキー(ドン・バジリオ、テノール)
フーゴ・マイヤー・ヴェルフィンク(ドン・クルツィオ、テノール)
アニー・フェルバーマイヤー(バルバリーナ&少女2、ソプラノ)
ハラルト・プレーグルヘフ(アントニオ、バス)
ウィーン国立歌劇場合唱団
エーリヒ・クライバー指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1955.6録音)

おそらく1982年頃のことだろう、大岡昇平さんと吉田秀和さんによる対談が実に面白い。

大岡 いや、ぼくの音楽遍歴はデタラメで、ドーナツ盤の「待つわ」なんてやつも買ってきて聴くんだからね。シーナ・イーストンもオリビア・ニュートン=ジョンも聴いてますから。中島みゆきも聴くし。あなたはぜんぜん聴かないの?
吉田 聴かないですね。
大岡 へえ、でもみんなそれぞれに面白いですよ。
吉田 そうでしょうね。
大岡 「待つわ、いつまでも待つわ、あなたがあの人にふられるまーで」、とかなんとか言ってね(笑)。女子学生が二人で歌うんだよ。待つわ待つわ、ってデュエットで重なるの。女が二人でデュエットで待つってのは、なんだか変なんだけどね。
吉田 それはモーツァルトの「フィガロの結婚」のなかにもあるけどね、手紙のデュエットのとこなんかね。
大岡 ああ、あそこにあるか。
吉田 あれはきれいですよね。伯爵夫人が口述をするとスザンナがこう書いて、それで復唱するわけです。
「対談モーツァルトの50年」
大岡昇平「わが美的洗脳」(講談社文芸文庫)P303-304

それにしても、大岡さんがあみんや中島みゆきを聴いておられた事実に感動。
件の第3幕第10場の伯爵夫人とスザンナの二重唱第20番「そよ風に寄せる」は、リーザ・デラ・カーザとヒルデ・ギューデンの名唱によって僕たちの心に爽やかに響く。続く合唱曲第21番「お受けください、奥様方」も短いながら思わず惹き込まれる美しさ。
そして、終幕第10場、第27番スザンナのアリア「早くおいで、すばらしい喜びよ」での、ギューデンの伸びのあるソプラノに一層の感銘を受ける。

ここでは小川が呟き、そよ風が戯れて
この甘い囁きで心を生き返らせる。
アッティラ・チャンバイ/ティートマル・ホラント編「名作オペラブックス①フィガロの結婚」(音楽之友社)P197

幾度聴いたことか。それでも必ず感動させられる確かさよ。

 

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