マリア・カラスのヴェルディ歌劇「イル・トロヴァトーレ」(1956.8録音)を聴いて思ふ

ハリー・ガードナーは、とある昼食会でマリア・カラスにはじめて会った時の印象を次のように書く。

昼食会に出かけるまで、私は、冷酷で激しやすいが才能に恵まれた鬼女を想像していたが、実際の彼女は思いやりと誠意のある美しい女性であり、地に足のついた魅力的な人だった。
ステリオス・ガラトプーロス著/高橋早苗訳「マリア・カラス―聖なる怪物」(白水社)P333-34

イメージばかりが先行する、20世紀を代表する不世出の歌手の本当の姿というのは、いかにも人間的で温かく、同時に自己への信頼の篤いものだったのだろうと、彼女の扮するレオノーラの歌唱を聴いて確信した。

レオノーラ
この闇夜に包まれ
私があなたのおそばにいることを
あなたはご存じない・・・
嘆きつつ 吹きすぎるそよ風よ
ああ、慈悲深く私のため息を運んでおくれ・・・
恋の薔薇色の翼に乗って
お行き 悲しみの溜息よ
あの気の毒な囚われ人の
沈んだお心を慰めておくれ

歌劇「イル・トロヴァトーレ」第4幕冒頭、レオノーラの、囚われの身の吟遊詩人マンリーコに対する思いの丈を吐露するカヴァティーナ「恋のばら色の翼に乗って」のあまりの美しさ。マリア・カラスの太く低い声は祈るような響きで、彼女の歌唱の素晴らしさを堪能し、そして彼女の人間性の一端を推し量るのに、この部分だけで(少なくとも僕にとって)十分。続いての僧侶たちの合唱「ミゼレーレ」の崇高さと、舞台裏の遠くから聞こえるジュゼッペ・ディ・ステーファノ演じるマンリーコの歌声が交錯し、ヴェルディの音楽は一層輝きと意味深さを増す。

マンリーコ
ああ、なんと死はいつでも
やってくるのが遅いのだろう
死を望んでいる者のもとへは!
さらば レオノーラ!

この、わずか数分間の場の音楽の奇蹟。

・ヴェルディ:歌劇「イル・トロヴァトーレ」
マリア・カラス(レオノーラ、ソプラノ)
ローランド・パネライ(ルーナ伯爵、バリトン)
フェドーラ・バルビエーリ(アズチェーナ、メゾソプラノ)
ジュゼッペ・ディ・ステーファノ(マンリーコ、テノール)
ニコラ・ザッカリア(フェランド、バス)
ルイザ・ヴィッラ(侍女イネス、メゾソプラノ)
レナート・エルコラーニ(ルイス&使者、テノール)
ジュリオ・マウリ(老ジプシー、バス)
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団(1956.8.3-9録音)

この当時のカラヤンの、特にオペラにおける棒は一層劇的かつエネルギッシュで、中でも静かに歌う個所では実に柔らかで滑らかな音楽を奏でる。
そして、カラスは、実演はもちろんのこと、録音においても命を懸けて歌ったのだろう。
彼女の内なる感情のすべてが詰まる音楽は、たとえ作品に向き不向きがあったとしてもすべてが圧巻で、聴き応え十分。

私の自伝は私が演ってきた音楽のなかにつづられているんです。それに、レコードが私の物語を刻んでくれているから。
~同上書P587

※日本語歌詞はサイト「オペラ対訳プロジェクト」から引用

 

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