ブレンデル&アルバン・ベルク四重奏団のモーツァルトK.493ほか(1999.3Live)を聴いて思ふ

陰陽がひとつになるとき、音楽は自然な光輝を放つ。
何も特別なことがあるわけではない。奏者各々が思いの丈を綴りつつ飛翔する遠心力。
さしずめアルフレート・ブレンデルのピアノは陰、そして、アルバン・ベルク四重奏団の音は陽だろうか。第1楽章アレグロ冒頭から音楽は弾け、僕たちに愉悦を施す。

「便りのないのは良い便り」という。
順風満帆であるときこそ他人のことを想いたいと思う。
ウィーン時代の全盛期、モーツァルトはザルツブルクの父に宛ててほとんど手紙を残していない。浮かれていたわけではないだろうが、それだけ多忙だったのか?否、実際は父の小言に嫌気が差したのである。

お前の弟からは、あの時以来一通も手紙が来ない。おそらくそう早くは来ないだろう。私は愛情をこめていろいろと言い聞かせてやったのだが。
(1786年11月29日付、レオポルトからナンネル宛手紙)
柴田治三郎編訳「モーツァルトの手紙(下)」(岩波文庫)P119

何よりこの頃の作品はいずれも充実して、絶品。ハ短調協奏曲が生まれ、「フィガロの結婚」が生まれたのである。1786年、それは、音楽史上奇蹟的な年だと言えまいか。

モーツァルト:
・ピアノ協奏曲第12番イ長調K.414(K.385p)(作曲者自身によるピアノと弦楽四重奏のための編曲版)
・ピアノ四重奏曲第2番変ホ長調K.493
アルフレート・ブレンデル(ピアノ)
アルバン・ベルク四重奏団(1999.3Live)
ギュンター・ピヒラー(第1ヴァイオリン)
ゲルハルト・シュルツ(第2ヴァイオリン)
トーマス・カクシュカ(ヴィオラ)
ヴァレンティン・エルベン(チェロ)

第2楽章ラルゲットの静かな癒し。
どんなに個人的に参っていたとしても、ヴォルフガング・アマデウスの書く音楽は優しい。そして、終楽章アレグレットの軽快で美しい旋律に感動。

ところで、作曲者自身の編曲による変ホ長調協奏曲の弦楽四重奏伴奏版が素晴らしい。ここには有能でありながら謙虚なモーツァルトがある。

あなたは(ぼくがあんなにお願いしたのに)三度もはねつけた。そして、ぼくとはもう何の関わりも持ちたくないと、面と向かって言われた。ぼくは、愛する人を失うことに、あなたほど無頓着でなく、あなたの拒絶をそのまま受け取るほど短気でも無思慮でも無分別でもありません。そのまま受け取るには、あまりにもあなたを愛しています。
(1782年4月29日付、モーツァルトからコンスタンツェ・ヴェーバー宛手紙)
~同上書P58-59

「愛しすぎている」がゆえの苦悩とでもいうのか。第1楽章アレグロに垣間見る悲しみ。また、第2楽章アンダンテの、愛しいコンスタンツェへの恋文のような旋律は、ヨハン・クリスティアン・バッハから引用されたものらしい。呼吸の深いこの音楽の、仄暗い奥深さこそ絶頂を極めつつあるモーツァルトの本懐。モーツァルトにとっては、悲しみも喜びもひとつなのだ。

ブレンデルのピアノが囁き、アルバン・ベルク四重奏団が、それに応え囁く。何という調和!何という中庸!ちなみに、終楽章アレグレットもどこか切ない。

 

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