グールドのバッハ「平均律クラヴィーア曲集第2巻Vol.2」(1969.9&12録音)を聴いて思ふ

右手と左手が完璧に同期する、いわば全脳奏法。
その軽快なリズムは、彼の同時に起こる鼻歌や足踏みや、そういう肉体から発せられるものが直接的に音楽に影響しての産物なんだとあらためて思った。
それこそ、まさにグレン・グールドの言う「パルス」の顕現。

グレン・グールドの音楽には、ジャズの即興やロックの変質に近い「遊び」がある。
四角四面でない、計算され尽くしながらもいかにもたった今生まれたばかりの音楽のように聴こえる音楽は幾十年の時を経ても決して古くはならない。
常に挑戦的な新しさが聴きとれるのだからすごい。

「騒々しいと云やあこの間或る所で聴いたんだが、あのジャズ・バンドと云うものは、ありゃあ何だい?まるで西洋の馬鹿囃しだが、あんなものが流行るなんて、あれなら昔から日本にもある。―テケレッテ、テットンドンと云う、つまりあれだ」
「きっと低級な活動小屋のジャズでもお聴きになったんじゃないの」
「あれにも高級があるのかい?」
「あるわ、そりゃあ、・・・ジャズだって馬鹿になりやしないわ」
「どうも今時の若い者のすることは分らんよ。第一女が身だしなみの法を知らない。たとえばお前その手の中にあるのは、そりゃあ何というもんだね」
「これ?これはコンパクトというもんよ」
「近頃それが流行るのはいいが、人中でも何でも構わずそれを開けて見ては顔を直すんだから、ちっとも奥床しさというものがない、お久もそいつをもっていたんでこの間叱ってやったんだがね」
谷崎潤一郎著「蓼食う虫」(新潮文庫)P34-35

昭和初頭、1920年代後半の物語だが、風俗そのものは100年近くを経た現代でもどこも違わないことが興味深い。いつの時代も、流行というものに即座に飛びつく若者がいれば、一方で、それを煙たく思う老体もあるということだ。

グレン・グールドの演奏が古びないのは、彼があの当時から流行というものに背を向けていたからだろう。しかしながら、級の高低はともかくとして、彼の演奏にはジャズ・バンドにある熱狂が間違いなく内在する。

バッハの平均律クラヴィーア曲集第2巻を聴いた。
相変わらず自動ピアノの如くの正確無比な演奏だが、人心を鷲掴みにする内なる揺らぎがある。そののりしろの広さこそがグールドの音楽の包容力の正体だろう。

J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集第2巻Vol.2
・前奏曲とフーガ第9番ホ長調BWV878(1969.9.11/12&12.3/4録音)
・前奏曲とフーガ第10番ホ短調BWV879(1969.12.18録音)
・前奏曲とフーガ第11番ヘ長調BWV880(1969.12.18録音)
・前奏曲とフーガ第12番ヘ短調BWV881(1969.12.3/4録音)
・前奏曲とフーガ第13番嬰ヘ長調BWV882(1969.12.3/4録音)
・前奏曲とフーガ第14番嬰ヘ短調BWV883(1969.9.11/12&12.18録音)
・前奏曲とフーガ第15番ト長調BWV884(1969.12.3/4録音)
・前奏曲とフーガ第16番ト短調BWV885(1969.12.17録音)
グレン・グールド(ピアノ)

いつになく躍動感溢れるバッハの音色が優しい。

グールドはどのようにして《平均律クラヴィーア曲集》のフーガに取り組むのかみずから語っている。はじめに三声ないし四声の部分を全部一緒に通して曲を弾く。それからレシーバーを耳に当ててピアノの前に座って聴きなおし、まずバスの部分を弾いてみる。すると音はヘッドホンから聞こえる音楽よりもさらに遠くからやってくるようでいながら、同時にもっと近くで聞こえる―なぜなら指からたちのぼってくるのだから―ような気がする。それから同じ箇所を今度はテノールの部分、アルトの部分、ソプラノの部分と合わせてやりなおしてみるのだ。
ミシェル・シュネデール著/千葉文夫訳「グレン・グールド孤独のアリア」(ちくま学芸文庫)P225

グールドの演奏の秘密がほんの少し紹介されてるのが素敵。
彼は、一旦徹底的に分解し、その後に統合を目指し、ひとつひとつの声部を懇切丁寧に、しかも理想のテンポを探しながら弾き込むのだろう。宇宙的視野と内観の目が同時に働かなければ不可能な方法。グールドには人の思考を超えてしまう技術がある。

異様な熱を帯びるバッハ。この頃になって僕にも、グールドが「平均律クラヴィーア曲集」でやろうとしていたことがようやくわかるようになってきたのかもしれない。

 

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