グールドのシェーンベルク歌曲全集第2巻(1964-1971録音)を聴いて思ふ

自分の方法を変えるのには勇気がいる。
若い頃の危険を省みない挑戦的姿勢や、壁にぶち当たってそれを超えるために仕方なくというのならいざ知らず、そのままでもうまくいきそうなら(何とかなりそうなら)、人間というもの、現状維持を選択するのが常套。
しかし、天才はあえて今とは異なる方向性を希求する。
彼らは気狂いと紙一重なのだ。

アルノルト・シェーンベルクを逍遙する。
濃厚な浪漫より出発し、独自のシステムにより新たな地平を切り開き、それを推し進めながら、いかに単純かつ平等で、「わかりやすい」世界を生み出すか・・・、時期によって作風が変化し、しかもどの時代の作品も技術的意味において傑作である革新者の「歌」に舌を巻く。

この意味で、シェーンベルクが継承した音楽言語、すなわちワーグナー、シュトラウス、マーラーの言語はひじょうに複雑な言語です。その語彙からはたしてそれ以上に強力なものを引き出すことができるものかどうか疑うほどの、また、先行する作品とくらべて、より大きな情緒的衝動をもつ圧倒的作品をつくろうとすればかならずふうふう喘がなければならないような、そんな言語なのです。
ティム・ペイジ編/野水瑞穂訳「グレン・グールド著作集1―バッハからブーレーズへ」P172

稀代の天才たちの後に残された方法があるのか?
おそらくそんな疑問の呈される中でシェーンベルクの挑戦は始まり、死ぬまで続いたのだと思う。後期ロマン派の薫り残る調性期の「6つの歌曲」作品3の類稀な美しさ(ただし、ここにはすでに後の無調を予感させる音調がある)。ヤコブセンの詩による第4曲「婚礼の歌」が激され、第5曲「老練な心」が弾ける。グレン・グールドの確信に溢れる伴奏の妙。

シェーンベルク:歌曲全集第2巻
・6つの歌曲作品3(1899-1903)(1964.9.17&1965.1.5録音)
・2つのバラード作品12(1906-07)(1968.4.10&1971.5.3録音)
・3つの歌曲作品48(1933)(1970.9.15録音)
・2つの歌曲作品14(1907-08)(1968.4.9録音)
・2つの歌曲(遺作)(1968.4.9&10録音)
・8つの歌曲作品6(1903-05)(1968.2.27-29録音)
ヘレン・ヴァンニ(メゾソプラノ)
ドナルド・グラム(バス・バリトン)
コーネリス・オプトフ(バリトン)
グレン・グールド(ピアノ)

「2つの歌曲」作品14は、無調の世界に足を踏み入れた作曲家の最初の頃の作品でありながら、完成度高く、音楽は極めて幸せ感に満ちる。

結局のところこうした十二音による作品とともに、シェーンベルクの生涯でもっとも完全な幸福感に満ちた作品とみなされるようになるのではないでしょうか。この二つの時代はともに和解の時代であり、十二音技法と十八世紀の音楽形式の結合への接近はせいぜい通りすがりの休憩所にしかならなかったことはたしかです。
~同上書P182

そして、ハリンガーの詩による「3つの歌曲」は、12音技法が完成し、その後の亡命へと流れゆく、まさに円熟期の作品でありながら調整世界への帰還を模索した時期の傑作。
グレン・グールドのピアノ伴奏が映え、愛に満ちる。

35年前の今日、グレン・グールドが50年の生を終えた。
「レコード芸術」で追悼記事をむさぼるように読んだのが昨日のことのよう。

やはりかれは、苦しかったんですよ、苦痛が殺したんですよ。あんなところへいっちゃあ、畳の上じゃ死ねねえな、という感じがしたね。とっさの反応はそんなことでした。しかも、僕が聴いた限りでは最初が〈ゴルトベルク〉で最後がまた〈ゴルトベルク〉、おまけに、出したのが50歳の誕生日前後ということでしょう。まるで彼は最初から計算して、サラバンド風の主題から30の変奏をやって、コーダでもう一遍その主題へ出たという感じでしょう、もちろん計算じゃないんだろうけど。そういうことさえも妙に因縁めいて感じられるほどの衝撃を受けました。
~「レコード芸術」1982年12月号P169

これは齢90になられた粟津則雄さんの、「不思議の国のグールド」と題された対談での言葉だが、各界のフリークたちが一様に相当の衝撃を受けられたことを考えると、グレン・グールドの演奏、芸術の普遍性がどれだけすごいものだったかが理解できる。そのグールドが手放しで賞賛するシェーンベルクの天才。

 

ブログ・ランキングに参加しています。下のバナーを1クリック応援よろしくお願いいたします。


音楽(全般) ブログランキングへ

にほんブログ村 クラシックブログへ
にほんブログ村


コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

アレグロ・コン・ブリオをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む