デュトワ指揮フィラデルフィア管のラフマニノフ「死の島」(1992.9録音)ほかを聴いて思ふ

最初の交響曲というものは、概してシンプルさの中に驚くべき革新を持つものなのか。
ショスタコーヴィチの交響曲第1番を聴きながら、それこそバーンスタインに「本物だ」と言わしめる天才的ひらめきと構成力に、人間技とは思えない空間的・時間的広がりを思った。
「モーツァルトの再来」と称された若きショスタコーヴィチであればこその才能だが、ロシアには19歳のショスタコーヴィチの果敢な挑戦のずっと前にも、(世間の評価はどうであれ)チャイコフスキーやラフマニノフのチャレンジがあったことは忘れてはなるまい。

アレクサンドル・グラズノフが初演の棒を振り、散々な結果になったといわれる交響曲第1番は、一度や二度聴いただけでは理解できないだろう。全体を通じて確かにロシア的憂愁に溢れるが、例えば印象の肝となる第1楽章の主題などはいかにも晦渋だ。しかし、繰り返し耳にすれば、そこには青年ラフマニノフの内なるパッションと未来への大いなる希望の光が克明に描かれていることもよくわかる。
シャルル・デュトワとフィラデルフィア管弦楽団による演奏は洗練の極致。第3楽章ラルゲットなど、クラリネットをはじめとする木管群の旋律の歌わせ方がとても巧い。終楽章アレグロ・コン・フオーコは、勇壮なロシア的進軍のようで、ここにも若き作曲者の前向きなチャレンジが反映されるのである。

ラフマニノフ:
・交響曲第1番ニ短調作品13(1991.11録音)
・交響詩「死の島」作品29(1992.9録音)
シャルル・デュトワ指揮フィラデルフィア管弦楽団

何より交響詩「死の島」が絶品。
鬱蒼たる森と、うねる海原と。大自然の慈悲と脅威を包み込む暗い音楽が、ヴァイオリン独奏の旋律によって破られ、それを見る人々の嘆きの感情がほとばしる。
ちなみに、ラフマニノフが「死の島」を作曲したのは、アーノルト・ベックリンの同名の絵画に触発されてのことだが、興味深いのは、それが実物からのインスピレーションではなく、偶々入ったパリのセーヌ川のほとりの銅版画店で見たモノクロのレプリカからのそれであったこと。
後年、ラフマニノフは語る。

もし私が最初に実物を見ていたら、私の《死の島》はおそらく作曲されなかっただろう。私には(白黒の)複製画の方がはるかに気に入った。
ニコライ・パジャーノフ著/小林久枝訳「伝記ラフマニノフ」(音楽之友社)P276

得てして人は、真実など見ていないのかもしれぬ。
それが幻想であれ何であれ、重要なことは内なる声を聴くことであり、感じることだ。
媒介となるものはそれこそどんなものであっても良いのである。

繰り返し聴くに及んで、吸い込まれるような音調。作曲者は死の恐怖以上に死による安息を描こうとしたのだろうか。コーダに現れる「怒りの日」の旋律が悲しくも祈りに満ちる。

「ワタシタチ、何度モ散歩シタワネ、らいんノホトリヲ。せーぬノホトリヲ二度ホド。ソシテ墨田川ノホトリヲ・・・。」
「五ヘンホド、」と彼は答え、マチルダは微笑した。
「ワタシモウ行カナケレバ、」と彼女は言い、二人はまた抱擁した。
マチルダは身体を離すと、ハンドバッグを開いて中から数葉の紙片を取り出した。
「アナタ、コレヲ覚エテイル?」
乏しい光の中でも、鉛筆で書かれたその楽譜はただちに彼にあの生命感に溢れていたナポリでの数日間を思い出させた。しかし彼はそのことを、この楽譜がマチルダの手にあったことを、今迄すっかり忘れていたのだ。
福永武彦「告別」(講談社文芸文庫)P105

おそらくその楽譜はマーラーの「大地の歌」に違いないが、なぜか僕にはラフマニノフの「死の島」が似合うように思われる。

 

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