ボザール・トリオのモーツァルト三重奏曲K.502ほか(1987.5録音)を聴いて思ふ

ピアノが活躍する。
こういう作品を生み出す時のモーツァルトは、得てして「自分の世界」に良くも悪くも没頭する。1786年11月18日完成の三重奏曲変ロ長調K.502は、全編通じ充実の音調を示す。
彼のどの作品にもある哀感は相変わらずで、表面上の明朗さも健在。
ボザール・トリオの演奏が堂に入る。

先月聴いた、御年93のピアニストの演奏は、月並みな言葉になるが、本当に枯淡の境地にあった。演奏者を感じさせない、音楽しかそこにはなかった。ソナタハ短調K.457は絶頂のモーツァルトのいわば至言であるが、プレスラーは老練の指で、儚くも美しい一編の物語を見事に奏していた。年齢を重ねることで獲得する透明さが、幻想曲ハ短調K.475とあわせ際立っていた。

30年前の彼の、それもソロではなくアンサンブルでの演奏にも、不思議に同じような清澄な調子が垣間見られるのは、やはりこの人が職人気質の、一途な性質の人だからであろうか。それこそ「愚直」という単語が相応しい端整な音楽、絶品である。

モーツァルト:
・ピアノ三重奏曲変ロ長調K.502
・ピアノ三重奏曲ホ長調K.542
ボザール・トリオ
メナヘム・プレスラー(ピアノ)
イシドア・コーエン(ヴァイオリン)
バーナード・グリーンハウス(チェロ)(1987.5.24-31録音)

父の束縛を振り切ろうと足掻くヴォルフガングの抵抗が、第1楽章アレグロの勢いある主題に投影されるかのよう。

想像がつくだろうが、あれの二人の子を預かってほしいと申し入れてきたのだ。謝肉祭の半ばから、ドイツを通って、イギリスへ旅をしたいからだという。・・・ひょっとすると、あの女房が思いついたのかもしれん。―安心して旅ができる—イギリスに留まって、死のうか―そうしたら、お父さんは子供たちを連れて追っかけて来るわよ、なんて—もうたくさんだ!私は断固ことわった。
(1786年11月17日付、レオポルトからナンネル宛)
高橋英郎著「モーツァルトの手紙」(小学館)P359

嫁コンスタンツェのせいにしているところがレオポルトらしい。どんなに悪態をつこうと可愛いのは我が子のようだ。
結局モーツァルトのロンドン行きはならなかったが、そんな状況においても彼の創造力は思いのほか飛翔していたことがわかる。

第2楽章ラルゲットの心休まる静けさに思わず涙がこぼれる。プレスラーのピアノとコーエンのヴァイオリンの対話の心温まる美しさ!そして、終楽章アレグロではいよいよピアノが一層炸裂するのだ。

ナチスの迫害を逃れ、1939年、両親とともにパレスチナに移住し、その後アメリカに亡命したメナヘム・プレスラー(1923年生まれ)の音楽に底流するのは、悲哀の歴史を持つユダヤ人であるがゆえの慈愛だと思う。

6時から7時15分までは、ラジオですばらしいモーツァルトのコンサートが放送されました。どの曲目にも聞きほれましたが、とりわけ気に入ったのは、「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」。美しい音楽を聞くと、きまって心のうちに感動がうずき、とてもおとなしく部屋のなかになんかすわっていられないほどになります。
(1944年4月11日、火曜日)
アンネ・フランク/深町眞理子訳「アンネの日記」(増補新訂版)(文春文庫)P437-438

1929年生まれのアンネ・フランクもモーツァルトがお気に入りだったよう。
メナヘム・プレスラーには、一日でも長く生き、一日でも多く舞台に出てピアノを弾いてほしいと心底思う。

 

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