シェーファー&ブーレーズの「月に憑かれたピエロ」(1997録音)ほかを聴いて思ふ

「月に憑かれたピエロ」第1部第1曲「月に酔い」。
録音のせいもあろう、ピエール・ブーレーズ指揮する2種の演奏は、とても印象が違う。
それこそ、冒頭ピアノの伴奏から夢の中にあるかのような幻想溢れる77年盤に対し、非常に現実的な、目の前でその事が起こっているかのように感じられる97年盤。
あるいは、第1部第5曲「ショパンのワルツ」では、旧盤は意外にそっけなく進行するのに対し、新盤はシェーファーの声と合わせ、実に粘る。
しかしながら、いずれも、ブーレーズらしい、研ぎ澄まされた音調の、しかし、色香満ちる音楽だ。

果たしてアルベール・ジローの想起するショパンのワルツはどのワルツなのか、僕は知らない。暗澹たる表情のイ短調作品34-1か、はたまた純白の嬰ハ短調作品64-2か、意外に変イ長調作品64-3か。

ショパン:ワルツ集
・第3番イ短調作品34-2「華麗なる円舞曲」
・第7番嬰ハ短調作品64-2
・第8番変イ長調作品64-3
アルトゥール・ルービンシュタイン(ピアノ)(1963.6.25録音)

久しぶりに耳にしたルービンシュタインのショパンは健康的だけれど、何だか悲しい。
聴く者の感性を確実に刺激する音の揺れ。ただし、ジローが影響を受けたのは、もっと不健康な表情を持つワルツだろう・・・。

私は、保存しようとするほうに向かう文明は、それが前進することに恐怖を持ち、みずからの未来よりは自分の記憶のほうに多くの重要性を与えるという理由で、凋落する文明だと思います。力を蔵した十全な盛期にある文明は、記憶を持たぬ文明です。すなわち、それは拒否と忘却の文明なのです。つまり、みずから過去にとってかわる自信があればこそ、破壊を敢えてなし得るほどまでにみずからを強力に感じているわけです。
「シェーンベルクという事件」
ピエール・ブーレーズ著/店村新次訳「意志と偶然―ドリエージュとの対話」(法政大学出版局)P42-43

自身も革新者であったブーレーズの言葉は真理を衝く。

・シェーンベルク:月に憑かれたピエロ作品21
イヴォンヌ・ミントン(シュプレヒシュティンメ)
ダニエル・バレンボイム(ピアノ)
ピンカス・ズッカーマン(ヴァイオリン)
リン・ハレル(チェロ)
ミシェル・デボスト(フルート)
アンソニー・ペイ(クラリネット)
ピエール・ブーレーズ(指揮)(1977.6.20&21録音)

稀代の名ソリストたちを従えての渾身の「ピエロ・リュネール」に涙する。

シェーンベルク:
・月に憑かれたピエロ作品21(1997.9録音)
・心のしげみ作品20(1997.9録音)
・ナポレオン・ボナパルトへの頌歌作品41(1998.6録音)
クリスティーネ・シェーファー(シュプレヒシュティンメ)
デイヴィッド・ピットマン=ジェニングズ(朗読)
ピエール・ブーレーズ指揮アンサンブル・アンテルコンタンポラン団員

第2部後半、(わずか17秒の)第12曲「絞首台の歌」の刹那的恐怖!また、第13曲「打ち首」での、悪夢に唸るシェーファーの叫びが真に迫る。そして、ピアノが荒れ狂う第14曲「十字架」に垣間見える闘争の戦慄に歓喜する。

第3部に入ると、音楽は一層エロティックな表情を醸すが、ここではどちらかというと77年のイヴォンヌ・ミントンの壮絶な歌唱が魅力的。第16曲「悪趣味」でのミントンの感情移入の素晴らしさ。あるいは、第18曲「月の染み」の急速な、慌ただしい、息せき切る歌と、突如降ろされる幕の妙。第19曲「セレナード」の快感と、すべての楽器が登場する終曲「おお、なつかしい香りよ」は、心和む印象的な歌だ。

過去を懐かしみ陶然とするピエロは、「未来よりは自分の記憶のほうに多くの重要性を与える」が、そうやって過去を完全に受容することで葬り去り、未来を向こうとする作曲者自身の姿の投影か?なんてノスタルジック・・・。

何より朗読(?)の二人の声質の違いと、表現方法の違いが明らかで、比較して聴くことで、シェーンベルクのこの名作の意味・意義が一層沁みる。

 

ブログ・ランキングに参加しています。下のバナーを1クリック応援よろしくお願いいたします。


音楽(全般) ブログランキングへ

にほんブログ村 クラシックブログへ
にほんブログ村


2 COMMENTS

岡本浩和の音楽日記「アレグロ・コン・ブリオ」

[…] 1913年、ストラヴィンスキーとラヴェルは、ディアギレフからムソルグスキーの未完オペラ「ホヴァンシチーナ」のいくつかの部分の改作を委嘱された。この共同作業中、ラヴェルは、ストラヴィンスキーの「春の祭典」に衝撃を受け、同時にまた「3つの日本の抒情詩」にも興味を持ったという。ストラヴィンスキーの「3つの日本の抒情詩」は、シェーンベルクの「月に憑かれたピエロ」からヒントを得たものだが、ラヴェルもこの前衛的な作品にインスパイアされ、「ステファヌ・マラルメの3つの詩」の第1曲「ため息」を完成させることになる。 […]

返信する

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

アレグロ・コン・ブリオをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む