クナッパーツブッシュ指揮バイエルン国立歌劇場の「ローエングリン」(1963.9.2Live)を聴いて思ふ

この録音が正規リリースされるというニュースを聞いたとき確かに僕は心躍ったのだが、果たして実際に耳にしてみて、抱いていた一抹の不安が的中したことに愕然とした。十八番と言えど、人間というものに「絶対」はなし。
年代の割にはレンジの狭い、明瞭でない録音のせいもあるのかもしれない。天空から神々が舞い降りるような最初の前奏曲から速めのテンポで呼吸は浅く、いかにもこの指揮者らしくない、おそらく調子が良くなかったのだろうと想像させる、半端な演奏。
と思ったのは束の間、さすがに稀代のワーグナー指揮者だけあり、金管や打楽器の使い方は抜群、かつ時間の経過とともに弦はうねり、前奏曲のクライマックスの箇所ではエネルギーが充溢し、打楽器の轟音共々、聴く者の肺腑を抉る。

ハンス・クナッパーツブッシュ指揮バイエルン国立歌劇場による1963年の「ローエングリン」。
バイエルン王ルートヴィヒⅡ世が少年時代に魅せられ、ナチス総統アドルフ・ヒトラーも同じく心奪われたこの歌劇には、間違いなく毒がある。(他のワーグナー作品同様)ドイツ精神の高揚を喚起する数奇な騎士道物語と、あまりに繊細かつ緻密な音の綴れ織りに、一旦その魅力にとりつかれたならば、どんな解毒剤も効かぬほどの中毒性を持つ。歌劇に内在する精神の力強さは、後年のワーグナー作品に負けずとも劣らぬ、否、若き作曲者のサド的自己中心性が、特殊な聴衆のマゾヒズムと一体となる特別なマスターピースとして創発されたものであることを証明する。

・ワーグナー:歌劇「ローエングリン」
ハンス・ホップ(ローエングリン、テノール)
イングリート・ビョーナー(エルザ・フォン・ブラバント、ソプラノ)
ハンス・ギュンター・ネッカー(フリードリヒ・フォン・テルラムント、バリトン)
アストリッド・ヴァルナイ(オルトルート、メゾソプラノ)
クルト・ベーメ(ハインリヒ・デア・フォーグラー、バス)
ヨーゼフ・メッテルニヒ(伝令、バリトン)、ほか
ハンス・クナッパーツブッシュ指揮バイエルン国立歌劇場管弦楽団&合唱団(1963.9.2Live)

興味深いのは、クナッパーツブッシュの指揮が、物語の進行とともに俄然熱を帯びていくところ。まさしく我を忘れて「ローエングリン」の世界にのめり込む官能の様が旧い録音を通して感じられるのだからそこは大したもの。
特に、第2幕冒頭でのオルトルートに扮するヴァルイナイとフリードリヒを演じるネッカーの悪魔的対話は、クナッパーツブッシュの深い呼吸の管弦楽共々聴きどころのひとつといえる。音楽と舞台に息を飲む観客の途轍もない緊張感が刻印される奇蹟的瞬間もあるにはある。

「ローエングリン」を聴くなら第一にとは言い難いが、「ローエングリン」を愛するなら一聴の価値ある珍盤。

まもなく2017年が往く。そして、2018年が来る。

 

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