ボロディン弦楽四重奏団のショスタコーヴィチ第1番(1980録音)ほかを聴いて思ふ

マクシムの言には、父ドミトリーの愛情深い、平和を希求する想いの強さが自ずと刻まれる。ショスタコーヴィチは人間を愛した。たとえ表現がアイロニカルであろうと、根底に流れるものは人一倍の人間讃歌であるように僕には思える。

そんなある日、僕がベンチに座っている例の捕虜をながめていると、父がやってきました。父は僕の頭をなでて、静かな口調で言いました。「怖がっちゃいけないよ。あの人は、戦争の犠牲者なんだ。戦争というのは、何百万人もの不幸な人を生む。別に悪いことをしたわけではないんだ。あの人は軍隊にとられ、戦うために地獄のような対ロシア戦線に送られ、今度はここに運ばれてきた。それで生き残って捕虜になったんだ。故郷のドイツには、彼の奥さんが待っていて、たぶんお前やガーリャのような子どもがいるに違いないよ。」
父はあらゆる暴力を憎んでいました。ですから、戦争などはとても許せませんでした。
ミハイル・アールドフ編/田中泰子監修「カスチョールの会」訳「わが父ショスタコーヴィチ―初めて語られる大作曲家の素顔」(音楽之友社)P42-43

彼の音楽は、すべてが新しく、また洒脱、同時に内部に恐るべき熱狂を持つ。しかし、一方で、終始叙情に満ちる美しい作品も多い。例えば、例の交響曲第5番の直後に構想された弦楽四重奏曲。4挺の弦楽器が織り成す、夢見るような第1楽章モデラート。何という慈悲深さ。また、第2楽章モデラートの内なる慟哭。ショスタコーヴィチは人知れず涙する。そして、弱音器付の第3楽章アレグロ・モルトの急流の如く流れる音楽と民謡風の懐かしい旋律に思わず微笑みがこぼれる。さらに、終楽章アレグロは、何と生命力と希望に溢れる音楽なのだろう。

ボロディン弦楽四重奏団の、味わい深い淡墨色の、絶妙なアンサンブルが音楽に一層の説得力を付加する。

ショスタコーヴィチ:
・弦楽四重奏曲第1番ハ長調作品49(1938)(1980録音)
・弦楽四重奏曲第2番イ長調作品68(1944)(1983録音)
ボロディン弦楽四重奏団
ミハイル・コペリマン(第1ヴァイオリン)
アンドレイ・アブラメンコフ(第2ヴァイオリン)
ドミトリー・シェバーリン(ヴィオラ)
ヴァレンティン・ベルリンスキー(チェロ)

イ長調四重奏曲第2楽章第1部レチタティーヴォにおける第1ヴァイオリンの哀悼の調べは、確かに第二次大戦の戦没者への(国境を越えての)祈りかもしれない。あるいは、第2部ロマンスの、その名の通りの愛らしく朗らかな旋律が聴く者の心をとらえて離さない。
それにしても、ミューズ宿る終楽章パッサカリア(主題と22の変奏)の深遠さ、荘重さは筆舌に尽くし難い!!

ガリーナは語る。

実際私は風邪などひいていなかったのですが、次の日文学の授業で作文を書かされることになっていて、できればサボりたいと思っていたんです。
父は立ち上がって、私の額に手をあて、「熱があるみたいだ。念のため明日は学校へ行くのはよしなさい」と言いました。
父は私たちの健康についてとても神経質で、私とマクシムは子どもの頃、父のそういうところをうまく利用していました。
~同上書P97

ショスタコーヴィチの魂はあまりに無垢だ。
二枚舌と揶揄されようと、実際のところこれほど純粋な人はいなかったのかも。

 

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